「……綾永君…?」

どうしてそんな顔をするの?

2人のやりとりをじっと黙って聞いていた郁君は、まるで小さな子をあやす様に、ゆっくり、優しく、頭を撫でてくれた。

「ごめんね琴子ちゃん。」

郁君までもが、なんだか少し悲しそうで。
九条先生は溜息を吐き出して再び窓の外を眺めた。
俺には関係ない、そんな姿勢を感じた。

「琴子。俺達は人間じゃない。」

九条先生を見据えていた綾永君は膝を折り私に視線を合わせた。
確固たる、覚悟を持った目だった。

「人間じゃないって…どういう…」

「言っても信じないかもしんねぇけど、俺達は人の血が無いと生きていけない。分かりやすい言い方をすれば、ヴァンパイアだ。」

「……ん?え、ど…どういうこと!?」

突然のカミングアウト、一瞬からかわれているのかとも思ったけど、この状況でそれは有り得ないと考え直す。

ヴァンパイア……吸血鬼…?
おとぎ話の中の話で、実在するなんて考えたことも無かった。
…にわかには、信じ難い話。
でも……

「琴子ちゃんが混乱するのは無理も無いし、実際立場が逆でも、笑い飛ばしちゃうくらい有り得ない話だと思う。
…でも、有り得るとしたら、琴子ちゃんは怖がる……?」

郁君の問い掛けに、答えはすぐに出た。
自分でも、不思議なくらい自然に。

「うんん。怖くないよ。私のことをどうかしようと考えてるなら2人は助けなかっただろうし。
……九条先生だって、本気で私を殺すつもりなら、首を絞める手を、緩めたりしなかったよね。
その…ヴァンパイアだってことは…まだ実感が出来ないけど、でも大事にしてくれてるのは分かるから。
私は…怖いと思わない、かなぁ。」

笑顔で誤魔化しちゃったけど、でも本心。
九条先生は少し怖いけど…でも確かに、名前を呼んだ時、少し力が緩んでた。
助けてくれた郁君と綾永君だって、とても優しくしてくれる。
怖がる部分なんて無い。

「そっか…。」

緊張したような、怯えるような、そんな郁君の表情に僅かに安堵が滲む。

それでも綾永君の表情は変わらない。

「じゃあもう、手加減はいらないんだな?」

「…て、手加減……?」

問い返した瞬間だった。
乱暴に綾永君の方へ引き寄せられたかと思えば、胸元にすっぽり収まり抱き締められていた。

「郁。ナチュラルに触ってんじゃねぇぞ。コイツは俺んのだ。」

意表を突かれたのか一瞬ポカンとしていた郁君だが、すぐに笑みを取り戻し

「あははっ、綾永露骨過ぎ。我慢が出来ない男はモテないよ。
綾永だって、そんなにキツく抱き締めたら琴子ちゃん、壊れちゃうよ?
女の子ってのはもっと優しく…、扱うべきじゃない?」

目を細めた郁君の笑みは妖艶で、雑誌で見るよりも遥かに強い色気を感じる。
囁くような言葉と共に私の髪の毛を優しくすくい上げて、まるで王子様のように毛先に軽く口付けを落とした。

「ひあっ…え、ええぇ!?どうしたの?」

イケメンに挟まれ混乱状態に陥った私の顔はカーッと熱くなっていき、心臓は飛び出る程激しく鼓動を打っている。

絶対今顔真っ赤だ…!

「分かんない?琴子ちゃん。これは奪い合いなんだよ。僕と…綾永と、忠臣の。
絶対に、誰にも渡さない。」

秘め事のように紡がれる言葉。

事情は分からない。なんで私なのかも分からない。どうしてこうなったのかさえ、全く想像もつかない。

でも分かることは……




「わ、私…!ドキドキし過ぎて死んじゃうからぁぁぁぁあっ!!!」