「また、朝…」
当たり前であろうことを、寝ぼけ半分で呟く。時刻は5時30分。起きる予定時刻の30分も早く起きたがもう一度寝られる気はしない。
「倖花、起きなさい」
部屋のドアを開けて少し大きめな声で母が私を起こす。
「一体いつまで寝てるつもり?もう高校生でしょ。全くほんとに…」
ブツブツと聞こえる独り言をよそに、私はリビングに降りる。そして、和室の角にある仏壇の前に座る。
「お父さん…」
私の父は数年前に亡くなった、末期のガンで。いつも笑顔で優しくて、大好きな父だった。何かあるとすぐに気づいてくれる気の利くところや、私を笑わせようと冗談を言ったり父のすべてが私にとっては支えだった。
そんなことを考えながら仏壇に手を合わせる。微かに線香の匂いが漂う。
「倖花、早く準備しなさい!いつまでそこにいるの!」
静かな部屋に大きな母の声が響く。
母も父が生きていた時は優しくて大好きだった。しかし、父が亡くなると母は変わってしまった。もうあの頃の優しかった母の面影ひとつ残っていない。なぜ、こんなになってしまったのだろうか。
「お母さん、私…」
「なに、そんなに急用?お母さん忙しいって言ってるよね?」
「ご、ごめんなさい…」
せかせかする母の態度は、正直腹が立っていた。しかし、ここで感情のぶつかり合いが起こると取り返しがつかなくなるだろう。そう思い自分から折れ一旦場を閉じる。私も成長したものだ。
「ご飯テーブルの上だから温めて食べなさい、行ってくるから」
そう言うとハイヒールをコツコツと鳴らして慌ただしく玄関を出ていく。母がいなくなったことを確認すると椅子に座り込んだ。
「はは…はははははっ…!!」
笑いが止まらなかった。決して喜びや嬉しさの笑いではない。苛立ち、不満、それを超えたほかの何か…。涙も出ない、感情もない。やっとの思いで飲み込んだ笑いは私の意識を取り戻させた。呼吸が荒い。胸が苦しかった。そしてまた、私は父の元へ向かう。
「お父さん…なんで置いてっちゃったのよ…!!お父さん!!帰ってきてよっ…!!」
もちろん、私の大きな独り言に過ぎなかった。目に映るのは、父の微笑む顔の遺影と微かになびく線香の煙。どこか、私を励ましてくれているように感じたが、すぐにその感覚は消えた。
「あ…着替え…」
冷や汗なのか、寝汗なのかじっとりとしたパジャマを脱ぎ制服に着替えていく。着替え終わり鏡の前に立つ私の姿は初々しい女子高校生だった。少し大きめの制服。慣れない生活のおかげで少しやつれているような気がした。曲がっているリボンを直し、ビシッと力を入れる。
「いってきます」
そっと声に出して玄関へ向かう。無作為に並べられたローファーに足を通し重たい1歩を踏み出す。外は眩しく風は冷たかった。しかし、今の私には丁度いい。むしろこのくらいでありがたかった。登校はバスだがバス停までは徒歩。風を感じる時間は十分なくらいあった。
10分程歩いた場所にあるバス停のところには、私よりも先約がいつもいる。制服は同じ高校のものではないが見たことはある。いつもイヤホンを耳につけスマートフォンを眺めている。片手は常にポケットの中だった。
そう、これが私と彼の出会い。
そしてこの後にもう1人のかれとであうことになるとは想像さえしていなかった。