手にしたものと失ったものと

僕の中で、感情が入り混じり、マーブル模様を描き、ぐちゃぐちゃと纏まらないものが渦巻く。
柏木さんに見られたという恥ずかしさや悔しさ。
気持ち悪がられるという恐怖。
それと同時に、怒りや理不尽さもあった。
どうしてそんなことをするんだ。
なんで僕の髪に触れるんだ。
勝手なことをしないでくれ。
何も聞かないでくれ。
そんな感情の爆発が心の中で一気に起き、僕は言葉をなくして柏木さんをぐっと睨んだ。
目が合った。
彼女の眼は、少し色素が薄くて、深い紺色をしていた。
黒にどこまでも近い紺。
吸い込まれそうな瞳。
この時になって僕は初めて、彼女の瞳をちゃんと見つめたことを知った。
傷を負って以来、他者と思わず向き合った、初めての瞬間だった。
柏木さんは瞳を伏せたりしなかった。
僕をぐっと見つめ返してきた。
彼女の唇が開いた。

「謝らないよ」

飛び出してきたのは意外な言葉だった。

「私は、君の傷のこと、知らなかったもの。わざとじゃないから」

僕が呆然としていると、さらに続けた。

「その傷を隠してるの? いつも。さっきも」

僕は、言葉を返さなかった。

「それはそれでいいけど。それだと、君のこと誰も正確に描写できないよ」

それだけ言い終えると。
つん、っと彼女の指が僕の鼻先に触れた。
暖かく、やわらかい指だった。
その瞬間、僕の感情がはじけた。
僕は頬が熱くなるのを感じた。
僕は柏木さんを睨みつけ。
大きな声で言った。

「いい加減なこと、言わないでよ!」

僕の言葉に反応し、彼女の指先が僕からそっと離れていった。
彼女は俯き、つぶやいた。

「うん」

やがて雨が上がった。
僕はそのまま波状ストレートの屋根の下に立っていた。
気が付いたら柏木さんはいなくなっていた。