手にしたものと失ったものと

5限目の授業が終わり、下校時になった。
別に一緒に帰る相手もいないので、カバンを手に取ってそそくさと学校を出る。
田んぼと住宅が混在した中途半端な田舎道をてくてくと歩いていると、後ろから声をかけられた。

「一人で帰ってるの?」

びっくりして振り向くと柏木さんだった。
相変わらずの無表情。
息を切らせているわけでもないから、僕を見かけて追いかけてきたわけでもないようだ。

「ま、まぁね」
「ふぅん」

気のない返事。
そっちから聞いてきたのに何なんだ、と思った。
僕は思わず問い返した。

「そっちこそ、何? 下校時に見たことないから、こっちの方角じゃないでしょ?」
「うん。ちょっと用事があって」

そう言って彼女は、田んぼの向こうの住宅街を指す。
なんなんだよ。
友達の家にでも行くのか?

「で、どうしたの?」
「歩いていたら前にいたから、声をかけただけ」
「…………」

会話が続くようで続かない。

「わ、わかったよ。僕はもう行くから。じゃぁね」

そう告げて振り向いた瞬間。
ざぁ、っと音がして、突然の大雨がやってきた。
季節は6月の初め。
梅雨だ。
通り雨だ。
バケツをひっくり返したような土砂降りに、僕は思わず身をかがめる。

「す、すごい雨……。避難しようよ、柏木さん」

田んぼの脇にある農作業用具置き場の波状ストレートでできた屋根の下に移動しながら目をやると。
彼女は雨の中、天を仰いで突っ立っていた。

「え、ちょ。何してるの?」
「ふふふ」

笑ってる?

「すごいね。大雨。空からの恵みって感じ。突然で面白いね」

そう言って、前髪をかきあげた。
柏木さんの白い肌に、雨粒がぶつかっていく。
濡れた頬が艶やかだ。
僕は胸に何かが突き刺さるような気持ちを感じた。
なんだか、体感温度が一度か二度上がったみたいだった。
ずぶ濡れになりながら柏木さんが僕のそばにやってきた。
用意がいいのか、白いフワフワのバスタオルをスクールバックから取り出して、濡れた髪や肌をぬぐう。
僕はその様子を、ドキドキして眺めた。
やがて、自分を拭き終えると、僕の方を見た。

「高野君、濡れてるよ」

そう言って、ずいとこちらに一歩を踏み出す。

「前髪。濡れて張り付いてる」

不意打ちだった。
彼女の指先が、僕の前髪を梳かした。

「あれ?」

柏木さんのつぶやきが聞こえる。

「これって、傷跡?」

僕は、さっきまでの温度が急激に下がるのを感じた。
見られた。
見られてしまった。