バスは、やっぱり着いてしまった。

ちょっと現実じゃないような、
ふわふわした空気に包まれたまま。

手を離し、またつなぎ。
繰り返しながら、2人で歩いた。

搭乗手続きを、すますと。

残り時間は、あと30分。

わざと、余裕時間を長くしないようにと
2人で決めた。

ツライ時間を、長引かせたくないから。

2人で椅子に座り、ただただ手をつなぎ
寄り添っていた…。

時間が止まってるかのようだった。

ふと。
先輩の腕が動くのを感じて、
顔をあげると。

腕時計を見ていた。


心臓が一つ、激しく打った。

行ってしまう。
もう、行ってしまう。

瞬間、時間が急に走り出すのを感じた。


待って…行かない…で。

とっさに、先輩の腕時計を両手で覆っていた。

え?と、顔を上げた先輩は、
あたしの顔見て。

苦しそうに…。
何か言おうとして…やめた。

黙ってあたしの肩に腕を回し、
椅子から立たすと。

行こう…と、優しく言って。
搭乗口に向かおうとした。

でも、あたしの足がなかなか動かなくて。
口を押さえてないと、声がでそうで。
あふれてくる涙が、視界をふさいでしまう。


ちづる…。

時間だよ。行くよ。

もう、先輩の声に返事も出来ないまま。

あたしの肩に回した腕の力が…
痛いほど強くて…震えているのを感じて。

あたしを抱え込むように、歩かせる先輩に。

連れられてきて、目の前に見えたのは…。

あたしが、入れない場所への入り口だった。

少し死角になる柱に、あたしをもたれさせ。

ちづる、ちづる、と呼んでいるような…
気がした。

何も聞こえなかった。

ぎゅっと力一杯抱きしめて。

見上げたあたしの目を、大きな手で
優しく隠す。

そして、あたしの体を離し。

気をつけて…帰るんだよ?
いいね?
着いたら…すぐ電話するからね。

そう…口が動き。

自分も涙をぬぐい、背を向けて。

1人、搭乗口へ向かった…。


ゲートを通った後、何度も振り返る。
心配そうに…何度も、何度も。

一度、大きく手を振って。

やがて姿が…消えた。