未だかつて見たことのない光景を捉えた私は、見たものが信じられなくてパチパチとまばたきをした。

後、ゆっくりと顔を上げてもその光景は変わることがなく、目の前に現れた。

私から見て右手、土手沿いに広がる草むらに、一匹のカラスが佇んでいる。

流れる川を見つめながら真っ直ぐと前を向く姿は、まるで青春の一ページを見ているよう。

思わず私は、そのカラスのいる土手へと足を向けていた。

驚かさないようにゆっくりと、カラスに近づいていく。

後もう一歩踏み出したら隣に座れそうだな、そう思ったそのとき、私は信じられない音を耳にした。

『何か、用か?』

「え……?」

しゃ、喋った?

このカラス、日本語喋った?

誰か人がいるんじゃないかと思って周りをキョロキョロと見回すけれど、人なんてひとりもいない。

『そこの君だよ、僕に何か用事かい?』

「わ、私ですか?」

『そう』

そこで初めて、私はカラスと目を合わせた。

間違いなくカラスは私を見ている。

「え、えっと。何か考えごとをしているみたいだったので」

立ち話もなんだな。そう思って、私はハンカチを敷き、草むらに腰を下ろした。

『そうだな、考えごとというか、昔に思いを馳せていたんだよ』

カラスは再び川へを顔を向きなおし、ゆっくりと話し出した。

『僕も昔は君と同じ、人間でね。この時期になると、その頃のことを思いだす』

「この時期、ですか?」

『そう。菜の花の咲く、この時期に』

季節は春。確かにこの川沿いには、春になると菜の花が咲き誇る。

今日も黄色い花が爽やかな風に揺れていた。

『あの日も、今日のような天気が良くて気持ちのいい日だった。だけど、些細なことで彼女と言い合いになって、ケンカ別れをしてしまったんだ』

その言葉を聞いて、私の胸もズキリと音を立てる。

何を隠そう、私も今日、彼とケンカをしたところだったからだ。

去年、同じクラスだった彼と二年生になった今年はクラスが別れてしまった。