「どうもありがとうございました。」

セミナー後、エレベーター前で友利部長、営業担当、可那の順に並び店主達に深々と頭を下げる。
皆、帰り際にニコニコしながら友利に何かと話しかけている。
友利は店からわりと人気があった。
可那がよく入店する駅ビルのテナントの50代の店長なんて『友ちゃんのあのナヨっとした所が可愛くて放っておけない』とバレンタインには高級チョコレートを用意していた。
隙だらけな友利から滲み出る独特の色気にやられているのは自分だけじゃないという事を、可那はよく知っている。
友利が本当は人に興味が無い事も、それなのに自分の事はどうやら好きみたいだという事も。

「南、お疲れ様。」

店主達が帰って行き、営業担当達が伸びをしながら階段で降りて行くのを放心状態で見つめていた可那は、目の前の友利を見上げた。

「最後まで居るからなんだか緊張しちゃった…。」

可那がポツリと呟くと、友利がキョトンとした顔をする。

「え?俺が?」

可那がうなづくと友利が笑う。

「嘘だよ。南、緊張なんてしてないでしょ。」

「そんな事ないです。私だって緊張するもん。だって友利さん…。」

ずっと私の事見てたでしょ、と言いそうになって可那は口をつぐんだ。
いけないいけない、調子に乗りすぎるのもみっともないし辞めておこう。
だけど、本当にそうなのだ、今日友利はずっと自分の事ばかり見ていた。

「何だよ。」

「何でもないです。あぁ、早く明日の準備しなくちゃ。」

友利に背を向けてセミナールームに向かおうとした可那の左手を、急にギュッと友利が握りしめた。

ビックリして可那は友利の顔を見上げる。
胸の動きが早まり、顔が熱くなるのが分かった。
誰も居ないとは言え、あまりにも大胆だ、と可那は思う。
友利はじっと可那を見つめている。
あぁ、まどろっこしい、早くこの人と繋がっちゃいたい、私のものになるまでもう時間の問題だよなぁと可那はボンヤリと思った。

「あのさ、準備終わってからでいいから会議室来れる?ちょっとだけ時間欲しい。」

「えっと、大丈夫ですけど。」

可那が答えると「よろしくな。」と言って友利はすっと手を放し行ってしまった。

友利は一体、何の話をするつもりなのだろう。
しんと静まり返ったセミナールームで可那は1人作業を始めてみる。
明日もこの部屋で同じセミナーがあるのだ。
本来なら補佐に入るはずのサブトレーナーの吉川ちゃんが長期休暇に入ってしまったお陰で、今回のセミナー準備も可那は一人でこなしていた。
それなのにギュッとされた手の余韻がいつまでも残ってしまって、明日の準備はなかなかはかどらなかった。