赤いペンを片手に百瀬が真剣な表情で首を傾けている。
みちかが何日もかけて仕上げたルツ女の願書。
そのA4用紙にはびっしりと文字が並んでいた。

静かな教室で、目の前に座る百瀬をみちかはじっと見つめた。
残暑のきつい9月。
サッカーで少しだけ日焼けした百瀬の腕と、綺麗な指、ずっと見ていたいと思った。
そんな自然に生まれてくる欲求を、もう止めようとしなくていい、みちかはそう思った。
悟だってきっと、会社で同じような気持ちになっているのだろうから。
こんなに百瀬の事を好きになってしまったのは悟にも原因がある、とさえみちかは感じていた。

「うーん…、友利さん、あのぉ…。」

百瀬が願書から顔を上げ、みちかを見た。

「はい。」

みちかも百瀬を見つめる。
百瀬の目が何か言ってる、とみちかは思った。
百瀬は最近目で会話をしてくる事が増えた。
困ったような目でじっと見つめてくる百瀬の表情が可愛くて、みちかも困った顔をしてみせる。
ずっとずっとこんな時間が続けばいい。
あぁ、その綺麗な指に触れる事ができたらどんなにいいだろう、みちかはぼんやりと思った。
そしてその指で触れられたら、一体どんな気持ちになってしまうのだろう。

「すごい頑張りましたね。僕、直すところ全然無くて逆に困ってます。」

百瀬が明るく笑うのでみちかもつられて笑った。

「乃亜ちゃんの性格がしっかりイメージできますし、毎日を大切に過ごしてきた事もよく分かりますね。この、乃亜ちゃんのお手伝いのエピソード、先生の目にもとまると思います。友利さんて、字がとっても綺麗なんですね。」

「いえいえ、そんな事…ないです。」

百瀬の親しみのこもった柔らかい表情にみちかは心からホッとする思いだった。
何日もかけ、下書きから時間をかけて書いた願書。
もうこれ以上は書けない、1字1字気持ちを込めて昨夜も乃亜が眠ってから清書を始めて仕上がったのは夜中だった。

「うん、このまま出して頂いて大丈夫ですよ。せっかくなので聖セラフの願書も確認しちゃいますか?」

「あ、はい。聖セラフは、下書きを途中までしてあります。」

クリアファイルから聖セラフの願書を出すと、百瀬は驚いたように小さく息を吐いた。

「ほぼ出来てますね。わ、準備早い。」

百瀬があんまり褒めるので、みちかは素直に嬉しかった。

「百瀬先生は褒めてくださるから、願書は頑張れたんです。先日、光チャイルドで面接講習を受けて本当にたくさんチェックを頂いてひたすら落ち込んでいたので。今日はとても元気が出ます。」

「いや、そんな…。友利さん最近お元気なかったから、正直心配というか。今日ももしかしたらお疲れじゃないですか?」

「やだ。私…疲れて見えますか?」

みちかは思わず両手で頬を覆った。
昨夜の寝不足が、顔に出てしまっているのかもしれない。
同時に物凄い勢いで後悔の気持ちが襲ってきた。
どうして昨夜、あんなに飲んでしまったのだろう。