「14時でしょう?アムリタホテルでしょう?ランチして出てきた所だったんじゃないかしら。あそこ最上階に沢山お店入ってるよね?鉄板焼き屋さんとか…。女の子はどんな雰囲気だったの?服装とか。」

「女の子は…。きっちりしたパンツスーツを着てた。確かに仕事中かもしれない。でもね、すごく仲が良さそうだったの。」

「なるほどねぇ…。それは確かにモヤモヤしちゃうわよね。」

思ったよりもひばりが落ち着いている事に、みちかは少し拍子抜けする。
確かに、2人はただ食事をしただけなのかもしれない。
悟はいつものビジネスバッグを手に持っていたし、女の子も髪を綺麗にまとめていた。
私は大袈裟だったのかしらと、ほんの少し気持ちが落ち着く。

「でも、あなたのご主人、そんな仕事中に何かやらかすような人じゃないと思うのよ…。ごめんね、その、腕を組んでいたっていうのを100歩譲って許してあげるとしてよ?ほら、悟さんて素敵じゃない?隙あらばと思っている女子は会社に1人や2人くらい居るわよ。それは仕方のない事。」

ひばりの話をみちかは黙って聞いていた。
いつも冷静な親友のその言葉が、昨夜からずっと止まらない妄想の熱をみるみる鎮静させていくようだった。

「外泊とかは、今まで無いんでしょ?」

「ないわ。」

みちかは落ち着いて答える。

「なら、まだ多分、そんな深刻ではないわね。」

まるで医者と話をしているようだった。
とても悪いと思って眠れないほど心配をして受診してみたら、ただの思い過ごしだった時のように。
肩透かしをくらいホッとする、そんな感覚によく似ていた。

「どうしてもみちかが辛ければ、落ち着いて、聞いてみたらいいんじゃない?姿を見たけれど、ホテルでどう過ごしていたの?って。スラスラと答えてくれたら白じゃない?もしグレーだったとしてもね、今は騒がない方がいいわ。」

「どうゆう事?」

「面接前でしょう?夫婦仲の良し悪しは、面接官に一瞬で伝わるらしいわよ、特にルツ女はね。みちか、乃亜ちゃんの一生がかかっている大事な時期なの。今はグッと堪えるしかないわ。」

落ち着き払ったひばりのアドバイスは、納得するというよりは説得されるという感じだった。
それでも今は、ひばりの言う通り、耐えるしかないのかもしれない。
お礼を告げて、電話を切った。
何があっても騒いではいけない、自分に言い聞かせソファにもう一度横たわる。

みちかは目を閉じた。

悟と並んで歩いていた彼女の姿がリアルに思い出される。
間違いなく同じ職場の女性だろう。
自分よりも、ずっと若くて綺麗でとても生き生きとして見えた。
悟と同じ世界に生きる彼女は、私の知らない悟の顔をいくつも知っているのかもしれない。
彼が仕事で悩む時、助けてくれているのかもしれない。
受験で辛い私を、支えてくれる百瀬先生のように。

眠気に負けて、ほんの少しうつろうつろしたみちかの脳裏に百瀬の姿が浮かんでは消える。
きっともう変われない、とみちかは思った。
知らない頃には戻れないのかもしれない。

悟も私も。