部屋に着くなり、ソファに倒れこむ。
やっぱり睡眠不足には勝てない、みちかは両手で顔を覆った。

指の隙間から壁にかかった時計が見える。
レッスン終了まであと40分。
40分しかないのか、とみちかは残念に思った。
幸い自宅からバレエ教室までは、徒歩2分という近さだ。
今ほんの少し仮眠する事は十分可能だった。
だけど昼寝をする心境にはとてもなれない。
みちかは起き上がり、スマートフォンをバッグから取り出した。
『元気かな?ちょっと相談したい事があるの。今、電話してもいいかな?忙しければまた今度でも。』と、短いメールを打った。

いちかばちか…。

返事を待つ態勢に入った瞬間、スマートフォンが音を出しながら震え出した。
それはひばりからの着信だった。

「もしもし?」

「もしもし、みちか?久しぶりじゃない。」

いつもと変わらないひばりの声に電話越しながら気持ちがしゃんとなるようだった。

「ごめんね、突然。忙しくなかった?」

「うぅん。ちょうど今、翠が塾の夏期講習に行ってくれていて暇してた所。どうだった?光チャイルドは。」

「あ、うん。厳しかったけど、その分、自信がついたみたいで。ありがとう、良いところを紹介してくれて…。」

ひばりの涼しそうな「そっか、良かった。あそこ厳しいわよねぇ。」と言う声で、悟の事を相談する気持ちが萎えそうになる。
光のたくさん入るあの明るいリビングで、きっとアイスティーでも飲みながらゆったりと微笑んでいるのだろう。
そんな優雅に過ごしているだろう親友に、こんな事を話すのは気がひける。

「どうしたの?乃亜ちゃんの通塾の事で悩んでるとか?」

「うぅん…。あのね…、そうじゃないの。」

気がついたら泣きそうになっている自分がいた。
そうだ、やっぱりこれを1人で抱え込むのは辛すぎる。
私には無理、勇気を出してひばりに相談しないとどうにかなりそうだ。

「悟さんが、浮気をしているかもしれなくて。」

「ん?え、ちょっと待って…。悟さんが?」

ひばりは心底信じられない様子だった。

「うん…。ルツ女の近くにアムリタホテルってあるでしょう?昨日、女の子と出てくる所を偶然見ちゃったの。その子、悟さんの腕に自分の腕を絡ませちゃって。すごくいい雰囲気だったのよ…。」

話しているうちに、声が震えてしまった。
どこからともなく怒りが湧き出す。
自分は彼女に嫉妬していたのだという事に気づく。

「えぇ…。ちょっと待って…。それって昨日の何時頃なの?」

「14時頃だった。ちょうど乃亜の模試の終わる30分前くらいだったから。」

「悟さんて昨日はお仕事、お休みだったの?」

「仕事よ。朝はいつも通り出勤して行った。だから仕事中のはずなんだけど。」

ひばりが電話の向こうで「うーん…。」と唸りほんの少しの間、黙り込んだ。