「どうしても百瀬に任せたいって社長からの任命らしいけど、これで百瀬に辞められちゃったらどうしようって、室長はすごい心配しててさ。百瀬がサッカー教えたい事は室長もよく知ってるじゃん?『どっぷり受験講師じゃ百瀬くんも辛いよね?』って言ってたよ。『辛いと思います』とは言っといたけど。社命だからどうにもならないんだって。」

「マジかぁ…。なんでまた俺が…。」

百瀬は両手で、頭を抱え込む。

「そんな新しいこと始める前に難関小学校の対策に力入れないのかなぁ。せめてペーパー対策の講師雇うとか。」

「まぁね。でもあくまでもうちは体操教室だし。受験コースは、行動観察分野で勝負していきたいんじゃない?」

「はぁ…。」

百瀬もそれはよく分かってはいた。
そもそもサンライズの受験コースは、受験においての行動観察対策を担う教室という理念を掲げて社長が立ち上げたのだ。
途中で面接対策も導入されはしたけれど、受験対策を全てカバーできる教室ではない。

友利親子の事があるからこそ、自分は最近難関校対策に熱くなってしまっているのだ。
百瀬はため息をついた。

「俺も詳しくないけどさ、幼稚園受験こそ行動観察なんだろ?社長の考えとしては、1、2歳児向けのコースの開講を考えていて、それに向けて社員教育にも本格的に力を入れるって。なんだっけ、モンテッソーリとか…最近なんとかエミリオ?みたいな名前の教育法もあるじゃん、分かる?」

「レッジョエミリアですか?」

百瀬が答えると、「そうそう!それ、ももちゃんさすが!」と、関崎は手を打った。

「百瀬はそれの勉強で、イタリアに海外研修に行かされるみたいよ。国立小学校の受験結果が出たらすぐ。」

「イタリアですか!?」

「うん。そう。」

百瀬は言葉を失った。
関崎の口から出てくる自分に関する情報は、全てがあまりにも唐突だった。
ガラッと飛躍してしまうであろうこれからの日々の事で頭はいっぱいになる。
質問すら思いつかない。

「はぁ、マジかぁ…。」

9月いっぱいで雪村幼稚園とお別れして、12月にはイタリアへ幼児教育を学びに行く。
社命には抗えないけれど、あまりにも急だ。
子供達にサッカーを教える環境に戻れる日は、もう二度と来ないのだろうか。
それに受験が終わったら、友利みちかにも会えなくなってしまうのだ。
友利乃亜が卒園していく姿も見れないなんて。

「来週には、室長から話があるからそのつもりでね。俺が話しちゃうのもどうかな、と思ったんだけどね。百瀬が受験講師として今前向きになれてるなら、決して悪い話でもないと思うんだ。ももちゃんならできるし、ももちゃんしか居ないと俺も思う…。」

「関崎さぁん…。」

百瀬は泣きたくなった。
先輩にそんな風に言われ嬉しくないわけではない、だけど自分は一体どこへ向かわされているのだろう。

「飲め飲め。とりあえずなんでも話せるように、個室の店探したんだよ。急いで探したらこんな女子力の高い店になっちゃったけど。」

関崎の冗談に、百瀬は苦笑いを返した。