「でもさ、正直、百瀬としては受験講師やってるのって、どうなの?辛くない?もっとサッカー教えたいんでしょ?本音は。」

「いや、うーん…。まぁ、そうなんですけど。」

また関崎は鋭いところを突くな、と思いながら百瀬は考える。
百瀬が体操教室に入社したのは、そもそも子供にサッカーを教えたかったからだ。
関崎はその辺りをよく理解してくれている。
だけど本当に最近になって、受験講師の仕事が嫌ではなくなってきたのも確かだった。
そこに友利みちかの存在が大きい事も、なんとなく感じている。
関崎にはどこまで真面目に語るべきなのだろう、百瀬は少しだけ考えた。

「正直、最初はほんとに嫌でしたよ。右も左も分からない俺が、講師に駆り出されたのもルツ女対策要因ですからね、身内がルツ女OGっていう理由だけで。でも実際、少しは合格実績出せるようになったし、まぁ、ちょっとは面白くなってきたかなぁ。今のカリキュラムに不満はありますけどね。」

「ふぅん…。ももちゃん頑張ってるなぁ。」

「そうですか?」

「うん。彼女と別れたのもいいタイミングだったかも。」

関崎はそう言うと、少しの間黙った。
そして声を潜めて言った。

「あのさ、内緒だよ。実はこの間、雪村幼稚園の出向に関する事で話があるって室長に呼ばれたんだけどさ。」

「え!まさか関崎さん…。」

ついに関崎が、雪村幼稚園を去る日が来たのかと、百瀬は身構える。

「いや…。それが…、ももちゃんが雪村幼稚園を9月いっぱいで異動。サッカー教室も。」

「えぇ!?俺ですか?」

関崎の言ってることが信じられなくて、百瀬は頭が一気に真っ白になる。

「え…、なんでこんな中途半端な時期に?サッカーもですか?えぇ…。」

百瀬の頭の中で、次のサッカーの試合とか、口煩いけれど一生懸命な母親たちとか、子供達の顔が一気に思い返される。

「無理ですって、こんな急に。だいたい誰が引き継ぐんですか?」

「川村先生だって。あの人なら急でも何でも誰も文句は言わないだろうって、室長が言ってた。」

「あの川村さんが?マジですか。」

川村は、以前同じ支部にいた先輩で、百瀬よりも5、6歳年上のベテラン講師だった。
雪村幼稚園のサッカークラブはもともと彼から引き継いだし、何より彼は高校時代にサッカー留学をしていたほどの人物で、サッカーの腕前は百瀬よりも上なのだ。

「そう。で、年少の体操は、俺が引き継ぐ予定。」

「え…、じゃあ、俺はどこに…。」

戸惑う百瀬に関崎が「絶対まだ言わないでね。」と、念を押した。

「社長がお受験事業を拡大させる計画立ててるらしくて。来年、幼稚園受験対策コースも設立するんだって。で、百瀬は受験専任講師に抜擢される予定なんだって。」

「はぁ?受験専任講師?」

あまりにも急すぎる展開に、百瀬は酔いが一気に覚めるようだった。

受験専任講師だなんて、毎日がお受験一色かと思うと素直に喜ぶ気にならない。
体操講師とサッカー教室、そして受験講師、やる事も考える事も多くて大変は大変だけれど、園と本部を行き来する生活は嫌いではなかったのだ。
だいたいどうして室長は、自分より先に、関崎に話したのだろう。