その大手幼児教室は、駅に隣接した超高層ビルの15階にあった。
ズラリと何基もエレベーターが並ぶホールで、みちかは乃亜の手を握りしめ、到着したエレベーターに乗り込む。

ウエストでグレーのラインの入ったタータンチェック柄に切り替わる上品な濃紺のワンピースを着た乃亜の姿がエレベーターの中の大きな鏡に映り込む。
綺麗に編み込まれた三つ編みはとてもよく似合い、形の良いおでこをした乃亜はとても聡明に見える。
ストラップ付きの黒の革靴に、シンプルなレッスンバッグ。
上昇するエレベーターの中で、みちかは娘の全身をじっくりと落ち着いて確認した。
緊張する気持ちを抑えながら15階でエレベーターを降りると、目の前に、すぐに幼児教室の入り口があった。
そっと重たい扉を押し、中へ入ると受付があり、若い女性が1人座っていた。

「こんにちは。」

受付の女性は立ち上がり、笑顔でみちかと乃亜に挨拶をする。

「こんにちは。」

すぐに挨拶を返した乃亜に、みちかは会釈をしながらビックリしていた。
人見知りの激しかった乃亜が迷いもなくこんなにはっきりと挨拶できるようになったなんて。
間違いなく百瀬のお陰だ、とみちかは思った。

「挨拶がとてもお上手ですね。」

可愛らしい声で褒める若い女性に、みちかは「ありがとうございます。」と頭を下げた。

「本日からの夏期講習にお伺いした友利乃亜です。」

「友利乃亜様ですね。お申し込みいただいたのは、聖ルツ女学園90分コースですね。どうぞ1番のお教室です。」

「はい、失礼致します。」

女性が手をかざした方には靴箱があり、そちらへ向かうと50代近いショートヘアのベテラン風の女性が立っていた。

「こんにちは。」

女性は声が大きく、乃亜はややびっくりした様子で立ち止まってしまった。
みちかがそっと見守っていると、少しして小さな声で「こんにちは。」と、乃亜は言った。
女性は乃亜の様子に小さく2、3頷くと、みちかの顔を見て笑顔で言った。

「聖ルツ女学園コースを担当させていただく南野です。」

「友利です。どうぞ宜しくお願い致します。」

みちかは深々と頭を下げる。

「乃亜さん、こちらで上履きに履き替えましょう。お母様も、どうぞ。」

テキパキと指示を出す女性に、みちかはなんとなく威圧感を感じ、この方が担当なのかと少し不安を覚えた。
靴を脱ぎ、持参したスリッパに履き替えていると、「南野先生、こんにちは!」と、背後から元気な声がした。
振り向くと水色のワンピースを着たおかっぱで目の大きな女の子と母親らしき女性が立っていた。

「あら!あやのさん、こんにちは。」

どうやらいつもこちらのお教室へ通っている生徒のようで南野は、あやのという生徒とその母親と打ち解けた様子で話し始めた。

みちかが乃亜の方を見ると、乃亜は自分の革靴を靴箱に置き、上履き入れから上履きを出しているところだった。
緊張しているのかひとつひとつの動作に時間がかかっているのは気がかりだったが、みちかは黙って見守っていた。

そろそろ慣れない環境にも適応できるようにしていかなくてはいけない。
百瀬という存在は、乃亜にとって良い意味でも良くない意味でも安心感がとても大きい。
試験はそんなに甘くないから、別の場所で緊張させる事が大切なのだとみちかは自分自身に心の中で言い聞かせた。