「ママ!」

その時背中にドン、と鈍く小さな振動を感じ振り向くと乃亜がニコニコして立っていた。

「ママ、お迎えに来てくれたの?」

嬉しそうに笑う乃亜を、みちかはしゃがみこみそっと抱きしめた。

「そうよ。今日はママと帰ろうね。」

「やった。」

みちかが身体を離すと乃亜はピョンと飛び跳ねた。

「乃亜ちゃん、ママ、先生にお渡ししたいものがあるの。ちょっと待っていられるかしら?」

「うん、待ってるね。」

乃亜が頷いたので、そのままみちかは職員室へプリントを提出に行った。

園庭へ戻ると、元の場所に乃亜は見当たらない。
キョロキョロと見回すと百瀬の元で笑う乃亜の姿があった。
ドキドキしながらみちかがそちらへ歩いて行くと百瀬が顔を上げ、目が合った。

「こんにちは。」

百瀬がニコニコと人なつこい笑みを浮かべる。
思わずみちかも笑顔になる。

「こんにちは。」

「乃亜ちゃん、今日はママがお迎えなんだね。」

百瀬が乃亜に声をかけると乃亜は「そうだよ。ママと一緒に帰るの。」と言って、みちかのところまで駆け寄ってきた。
乃亜が離れると、すぐに他の園児が百瀬に飛びつき、何か話しかける。
みちかは百瀬の姿を見つめたまま、乃亜の手を握りしめた。

「乃亜ちゃん、帰りましょうね。」

そっとみちかが言うと、乃亜は大きな声で百瀬に向かって言った。

「百瀬先生、さようなら!」

乃亜の声に、百瀬が顔を上げ「乃亜ちゃん、さようなら。」と言った。
そしてみちかの目を見て百瀬は言った。

「また土曜日に。」

みちかは笑って頷いて見せた。

すぐに百瀬は園児の対応に追われたので、みちかは乃亜と園庭をあとにした。

ほんの一瞬見つめあった、その余韻に浸りながらの帰り道。
家に着いてからもずっとそれは残ったままいつまでも消えなかった。