「そうだったんだ。てっきり遠距離恋愛なのかと思ってたよ。山下と南はお似合いだったけどなぁ。」

「そうかなぁ。」

可那は友利と顔を見合わせた。
外は徐々に暗くなってきている。
店内の控えめに灯る照明の中、あぁ酔っ払ってきたなぁ、と可那は思った。
ベンチシートのように並んで座るこの席は、間違いなくカップル向けだ、と思った。
相手と近づきたければいくらでも近づける。
現に、可那の肩は、友利の腕に触れそうだ。
きっと今日は、許される、と可那は思った。
ここはアデールの本社の近くだし、メロウの関係者は居ないだろう。

可那は友利にぴたっと身体をくっつけた。
友利の腕の感触を服の上から感じながら、可那は友利の耳元で言った。

「友利さん。この間、倉庫に2人で行った時。あれ、すっごいドキドキしちゃったんですけど…。」

「ん?」

ほんの少し戸惑ったような表情をした友利の顔が、目の前にある。
可那はなんだか意地悪な気持ちになった。

「私が什器を落として、友利さんが支えてくれた時。」

「あぁ…。あの時か。」

「友利さん、いきなりギュッてするんだもん。」

可那は、友利の顔を覗き込む。

「今日も、いい匂いがする。」

「南もいい匂いするよ、何つけてるの?」

可那が、ふふふと笑う。

「内緒。」

「なんで。」

「他社だから。怒られちゃう。」

コンテストが終わり、友利とここへ来る直前に可那はこっそりロールオンタイプのコロンをつけた。
バニラとイランイランの甘い香りは、女性よりも男性ウケするらしい。
フランスでは、バニラの香りに男性が惹きつけられるから女性はみんなバニラをつける、と聞いたことがある。

可那は思い切って友利の腕に自分の腕を絡ませた。
自分からくっついておきながら、なんだか恥ずかしくて思わず笑いそうになる。
更にぴたっと自分の身体をくっつけるように密着させた。
友利は拒絶せず、そのまま空いた方の右手で肉を焼き続けている。

あの日の続きを今日してくれたらいいのにと可那は思った。

「本当に美味しそうに肉を食べるよね。」

友利が照れたように笑いながら可那の皿に肉を載せる。

「お肉、大好きなんです。」

「あそこ知ってる?アムリタホテルの最上階の鉄板焼き屋。」

「えーと…。夏子さんに聞いたことある気がする。美味しいって有名な?」

「そうそう。」

友利が涼しげな表情でビールを飲み干した。

「最近リニューアルオープンしてさ。今度あの辺の店回りながらサーロインランチ食べに行こう。旨いよ、本当に。」

ランチか…。と、少しだけガッカリしながら可那は言った。

「サーロインですか?いいな、食べたい。」

可那は、友利の腕から自分の腕をスルッと抜いて箸を握りしめる。

そして、とろけそうな赤い肉を口の中に放り込んで噛み締めた。