話しながら、『ひみつのこみち』の終わりに車道が拓けてくるのが見えた。

「友利さんのご自宅は、どちらなんですか?」

聞きながらいつまでもこうして話していたいと、百瀬は思った。
すっかり百瀬に身を預けて眠りこけている乃亜の重さも全く気にならないくらいだった。

「うちは、パン屋さんの路地を曲がって少し登った所なんです。先生、重くないですか?私、代わります。」

友利みちかが心配そうに百瀬を見上げる。
パン屋まではあと、300メートルほどの距離だった。

「いえ、全然!お家の前まで抱っこさせてください。」

百瀬が言うと、「すみません、ありがとうございます。」と、友利みちかが申し訳なさそうに笑った。

「気にしないでください。あ、それで、さっきお話しした文集なんですけど。」

道の向かい側にあるパン屋に向かうため、百瀬は友利みちかと並んで立ち止まり、信号を待つ。

昨夜、探し出した文集は、姉の部屋の本棚の中に時が止まっていたかのようにひっそりと保管されていた。

先週の体操教室の面談で、友利みちかからルツ女を第一希望として頑張って行く、と聞いてから何か役に立つものがないか自宅に残る姉と母の学校関連のものを夜な夜な漁り、探し出したのがその文集だった。

現在、百瀬が住むマンションは、元々は家族で住んでいた家だ。
姉は既に嫁ぎ、両親は5年ほど前から海外に住んでおり、百瀬は広いマンションに今は一人で住んでいる。

「読んで頂くと、結構ルツ女の学校生活が分かるんですよ。あの学校、週に一度、作文朝会っていうのがあって一斉に作文を書かせるんですよね。それの傑作集みたいなものです。今も続いているみたいなんですが。」

「あぁ、作文朝会。学校説明会で伺った事があります。凄いですね、お姉さまの代からずっと続いていたんですね。」

友利みちかが感心したような顔をする。
信号が青になり、二人は横断歩道を渡った。

「はい。姉は僕の2歳上なんですが、作文朝会の日はめちゃくちゃ早いんですよ、朝出て行く時間が。子どもながらに内心、女に生まれなくて良かったーって思ってました。あんな早起き、できないぞって。」

「あぁ…、朝早いみたいですね。そうですか、お姉さま2歳年上…。先生は、今おいくつなんですか?」

「僕ですか?29歳です。」

百瀬が応えると、友利みちかが「わぁ…。」と高く可愛らしい声をあげた。

「お若いんですね。いいなぁ、これから30代か…。楽しい事たくさんですね。」

友利みちかの反応を、百瀬はなんだか不思議に感じた。
彼女は自分が思っているよりも、実は年上なのだろうか…。
色白の肌も艶やかな髪も、まだまだ30代にしか思えない。