「君がこんなに遅くまで起きてるなんて珍しいね。」

テーブルに食事を並べていると、部屋着に着替えリビングに入ってきた悟がポツリと言った。

「そうかしら…。」

あのね、大事な話があるの、と言おうとしてみちかは口をつぐむ。
悟は仕事をしてきたのだ、食事はゆっくり摂って欲しい。

「いただきます。」

ブローしていない悟の髪は、目にかかってしまうほど前髪が長い。
それでも特に邪魔そうにもせず、淡々と食事をする悟をみちかは見つめた。

みちかがいつもデパートで購入してくる老舗ルームウェアブランドのスウェットセットをさらっと着ただけの悟はなんだかとても幼く見えて、まるで高校生くらいの息子の様にも感じる。

こんなに近い存在なのに、どうして私はこの人と全く触れ合う事が無いのだろう。

ふと生まれた思いを振り払う様にみちかはキッチンに戻り、お茶を入れるためお湯を沸かした。


「悟さん、あのね。少し話してもいいかしら。」

食後のお茶を出しながらみちかが聞くと「うん。」と言って、悟はお茶を一口飲んだ。

みちかはダイニングテーブルに悟と向かい合うように座る。
そして自分の湯呑み茶碗を両手で包み込む様にしながら、口を開いた。

「今日ね、聖セラフ学院小学校の説明会に行ってきたの。」

「あ、うん。そうだったね。どうだった?」

「すごくいい環境だったの。自然が豊かで馬を飼育していたり。乃亜はとても楽しそうにしていた。先生方も穏やかで、とても丁寧に学校の案内をしてくれたの。」

悟は黙って頷いている。
みちかはうまく話せない自分をもどかしく感じながら話を続けた。

「乃亜もとても気に入っていたわ。ルツ女とは雰囲気が違うけど乃亜には聖セラフの方が合っているんじゃないかなぁって感じたの。」

「志望校を変えたいって事?」

「うん、あの…。悟さんにも今度、一緒に聖セラフの見学に行って欲しいなぁと思ったの。9月にも説明会があるから。」

「うーん…。」

悟が無表情で黙り込む。
みちかは悟の反応を静かに待った。

「そこ、ルツ女と併願は出来ないの?」

悟の反応に、みちかは小さく息を吸った。
自分がとても緊張しているのがよく分かった。

「出来ないことはないわ。聖セラフは試験が2日間あるから…。だけど、ルツ女と被らない方のB日程の試験は、10人しか取らないの。その日はかなりの高倍率になってしまう可能性が高いと、今日の説明会でも先生が仰っていたわ。」

みちかはなるべく穏やかに言ったつもりではあったけれど、自分の声が震えている様な気がした。
こんなちょっとした事で緊張してしまう、そんな事が最近妙に増えたと思う。