友利はそう呟きながら倉庫の入り口の前で立ち止まると、壁にある機械にICカードキーをかざし、ロック解除をした。
大きなドアノブに長い指をかけ、ガチャリという音と共に、倉庫の扉を開く。
ほんのりと甘いホワイトローズの香りの立ち込める倉庫に2人で入って行く。

友利はもう10年以上、アデールオムを使っている事になるのか、と可那は思った。

可那がアデールに入社した当時、配属された営業2部を担当する営業マンが友利悟だった。
当時まだ30歳だった友利は今よりも更に童顔で若くて、頼りなく感じた。
けれどどんな些細な事でも相談すれば解決策を考えてくれる友利の存在は、右も左も分からなかった当時の可那にとっては気がついたら無くてはならない存在に変わっていた。
自分がいろんな場を乗り越えて来れたのは友利のおかげだと、可那は今でも思っている。


倉庫には高さ3メートル近くはあるスチールラックが図書館の本棚のようにいくつも並んでいる。
一番奥のラックがメロウの倉庫スペースだった。
可那は立ち止まる友利の横をすり抜け、一番端のラックの上を指差した。

「あの手前の段ボールの裏にある段ボールに入ってるんです。えっと、脚立、脚立…。」

可那がキョロキョロとすると、友利がアデールのスペースから脚立を運んできた。
片手でひょいと脚立を開き可那の目の前にそっと置く。
可那はその3段ほどの脚立に乗ると、手前の段ボールを持ち上げて、下にある友利に手渡した。
そして、奥にある段ボールを手前に寄せる。

「うわ、重い…。」

予想以上にそれは重そうだった。
そういえば什器がいくつも重ねられ入っていた気がする。

「俺、やるよ。」

「大丈夫です。」

心配する友利をよそに、可那は力を込めて段ボールを持ち上げる。

そしてそっとバランスを取りながら、脚立を1段降りた、その時だった。

「きゃ…!」

段ボールの底が抜け、中から什器がどさどさと落ちて行く。
驚きバランスを崩した可那を、とっさに友利が横から支えた。

「あ…。」

可那は気がついたら友利に抱きしめられていて、完全に体重を預けている状態だった。
どうしよう、と思いながらも酔いのせいなのか無意識なのか、気がついたら友利の身体に可那は腕を回していた。

「南、大丈夫?」

ものすごく近くで、友利の声が響いている。
アデールオムの香りにクラクラする。
上質なワイシャツ越しの友利の身体の感触。
6年前と全然変わらないと可那は感動さえしていた。

「ちょっとだけ足にぶつかったけど…。大丈夫。」

友利は可那の身体をしばらく抱きしめた後、そっと可那から体を離し、そのまま手を取り脚立から降りるまで支えてくれた。

「什器割れてないかな?」

什器が散らばる床にしゃがみ込み一つ一つ確認する。
心を落ち着かせなくては、と床に目線を落としたまま可那は思った。

まだ、胸はドキドキしていた。
溶ろけそうになったまま放置された身体。
あぁ、まただ、と思い出す。
あの時と同じだと思うと顔が熱くなった。