会社のビルに引き返すと、息を切らしながら可那はエレベーターのボタンを押した。
静かなロビーに自分の息がはぁはぁと響くようだった。

到着したエレベーターに乗り込むと設置してある鏡を覗き込み、髪を整えた。
ややぴたっと身体にフィットしボディラインの見えるベージュのスーツ。
汚れていないか確認していると、小さくエレベーターが揺れて静止した。

営業部のあるフロアに着くと、外の音も聞こえずますますシンとしていた。
横に長く広いそのフロアは、節電のため、友利の座るメロウグループの島以外の電気は消されている。

「お疲れ様です。」

カーペットにパンプスが音もなく食い込むのを感じながら可那は友利に近づいた。

ワイシャツ姿の友利がこちらに気づいて立ち上がった。

「わざわざ来てもらってごめん。」

「いえ。友利さん、まだ居たんですね。」

「あぁ。帰ろうと思ったら電話が鳴ってさ。明日からフェアが始まるから3面展開したいって相談されて。俺、あの店帰り道だから今日届けますって言っちゃったんだよ。南が近くに居てくれて助かった。」

友利が可那の横をすり抜け出入り口へと歩いていく。
倉庫へ向かうのだろう、可那は後ろをついて歩いた。
倉庫は別のフロアにある。
エレベーターを並んで待ちながら、可那は先週、営業の細川が倉庫整理をしてくれた事を話した。
こうして自分よりも20センチは背の高い友利と並ぶと、自分は女なんだなぁと、くすぐったい気持ちにさせられる。

エレベーターに乗り込むと、友利の身体からよく知っているコロンの香りがした。
アデールのメンズライン。
サンダルウッドとムスクとフランキンセンスのオリエンタルでセクシーな香り。
ロングセラーの定番品だ。
男性を魅力的にする香りだけど、誰にでも似合うわけじゃない。

「友利さんて、変わらずアデールオムですね。」

可那は思わず自然と笑顔になった。

「だって、なんだかんだ、これが一番だよね。そう思わない?」

「うん、まぁ、私たちの世代なら。」

可那はちょっと意地悪な顔で笑って友利を見た。

「南、それ古いって意味だろう。」

「いや…。」

倉庫のある階でエレベーターが開き、2人の笑い声が響く。
下のオフィスのフロアよりも一層、柔らかい絨毯に可那は足を取られそうになりながら、歩幅の大きい友利に並んで歩く。

「私は好きですよー。友利さんこの香り似合いますよね。」

「そう?なんか変えられないんだよね。」