営業部のデスクが並ぶフロアには、ほんの数名の社員が残っていた。
mellow luxeの島では、ブランド部長の友利悟が1人でPCへと向かっていた。

「お疲れ様です。」

可那が声をかけると、友利はPCから顔を上げじっと可那の顔を見つめた。
そしてボソッと言った。

「準備、終わったの?」

「はい、終わりました。」

自分のデスクのPCでタイムカードを操作しながら可那は答えた。

「大変だったね。お疲れ様。」

友利の言葉に可那はPCから顔を上げる。
そしてできる限りの笑顔を作って見せた。

「いえ。やれば1人でもできるもんですね。」

「悪いな。ありがとうな。」

笑うでもなく、友利悟は可那の目を見つめながらそう言った。
可那も友利の顔をじっと見つめる。
今日の彼は、細身の身体によく似合う控えめに光沢感のある、紺色のスーツを羽織っている。
自分よりも10歳も年上なのに、童顔のせいで彼はいつもとても若く感じた。
目の上ギリギリでラウンドバングにカットされた厚めの前髪のマッシュヘア。
その無造作にセットされた髪にも、キメの整っている肌にも、いつでもツヤがある。
年下のように若く見えるのは、童顔のせいだけじゃなくて、ほかにちゃんと理由があるのだと可那は内心思っている。

友利を見つめながら、身体のどこかがジワリと反応するような感覚に、可那は陥った。
友利を見ていると、時々そんな気持ちになってしまうのだ。
そんないけない浮遊感を追い払うように可那は勢いよくノートPCを閉じた。

「そういえば、木下がお前のこと探してたよ。」

「あ、涼ちゃんならさっきセミナールームで会いました。」

可那はそそくさとジャケットを羽織り、バッグを手に持った。

「飲みに行くの?」

「はい。夏子さんと3人で。お疲れ様でした。」

「お疲れ様。」

友利の声を背に感じながら、可那は足早にエレベーターホールへ向かった。