「あ、いたいた。南、終わった?」

ふいに声がして、可那が振り向くと同期の木下 涼がセミナールームの入り口にアデールの制服姿で立っていた。

「あら涼ちゃん。今日は店頭?」

「うん、リンカ堂のフェア初日でヘルプ入店してきた帰りなの。南のデスクにバッグがあったから、出社してるんだ、と思って。」

涼が、5つの島型に組まれたテーブルの隙間を縫うように可那の方へと歩いてくる。
背が低くて可愛らしい雰囲気を持っているけれど中身はサバサバしている、そんな彼女は可那の仲の良い同期の1人だ。

「よく分かったね、ここに居るって。」

「うん。友利部長に聞いたら、ここだって教えてくれた。」

涼は可那の座っていた島までたどり着くと、新商品のディスプレイのとなりに小さく籠盛りになっているキャンディーを1つ、つまみ上げた。

「食べていい?」

可那は頷く。

「まだ、友利さん居るんだ。」

「うん、何か熱心に資料作ってたよ。南、大変だねぇ、1人で準備したんでしょ?」

カサカサとキャンディーの包みを開きながら可那を労うように眉間に皺を寄せ涼が言った。
吉川ちゃんが休んでいる事は、アデールの内勤のメンバーにも知れ渡っているのだろう。

「そうだよ。まぁ、なんとか終わったけど。けっこうハードだったよー。」

「ねぇー。困っちゃうね。わ、この色可愛い。」

涼がいつのまにか手の甲に、リキッドアイシャドーを試している。

「EX05番?それ1番いい色だよね。モデルカラーのネイビーブルー。」

「モデル色なんだ。なんとも涼しげな青だね。」

涼の手の甲でキラキラと濃紺が輝いている。

「ねぇ、これから夏子さんと飲みに行くんだけど南も行ける?」

涼の突然の誘いに可那の顔がパッと輝いた。

「マジで?行く行く。私、もうさっきからお腹空いちゃってさ。」

「やった。じゃ、すぐ着替えてくるね。南も帰る支度してて。」

そう言って涼はアイシャドーを元の場所に戻すと、さっさとセミナールームから出て行った。

可那は、急いで教室の中央に置かれたプロジェクターと、教室の片隅の教卓に載ったPCの電源を落とした。
シン、と静まり返った教室を見回す。
お客様用のテーブルは整然と並んでいるし、テキストも人数分しっかりテーブルに載っている。
電気を消してセミナールームの扉を閉め、エレベーターで1つ下の階へと降りた。