家に着いたのは夕方で、もちろん悟はまだ帰宅しておらず、みちかは急いで夕飯の支度に取りかかる。
事前に下ごしらえを済ませておいたハンバーグを煮込み、ささっとサラダを作る。
いつものように、悟の分も用意して、乃亜と2人で食卓についた。

「乃亜ちゃん、今日はお坊さんのお話をきちんと聞けて偉かったね。」

みちかが褒めると乃亜がポツリと言った。

「じいじが居なくて、ママは寂しい?」

「え?」

乃亜のハンバーグを切る手を休め、みちかは乃亜を見つめた。

「悲しいから、寂しいに変わりますってお坊さんが言ってたよ。」

「あぁ。」

みちかはナイフとフォークをそっと置いて乃亜を見つめた。

「よく、聞いていたのね。」

確かに僧侶は読経の後、乃亜が言ったように話していた。
『故人が亡くなった直後は哀しいという感情でいっぱいになりますが、時が経つにつれてそれは、寂しいという気持ちへ変わっていきます』と。

みちかの父親は、6年前に癌が見つかり、見つかった時は既に末期だった。
当時、父は59歳でまだまだ若く、若いが故に癌は進行が早く、入院して2ヶ月後の7月の日の朝に父は亡くなった。
6年も経つのに、入院中に何度も握った父の手の感触をみちかは未だに忘れられない。
父が亡くなった、それは例えようのない喪失感だった。
この世でたった一人の自分の本当の理解者を失ってしまったという哀しみ。
真面目で優しく穏やかで、大好きだった父親。
父が亡くなった時、みちかは妊娠7ヶ月でその年の10月に乃亜が生また。
子育ては想像以上に忙しく、お陰で父を亡くした哀しさは紛れた。
みちかは乃亜が生まれてきてくれた事に感謝した。

「そうね、寂しかったわ、大好きだったから。」

みちかが静かに話すのを、乃亜はじっと静かに聞いている。

「でもね、じいじはいつもママの近くに居てくれるの。だからもう大丈夫。」

「良かった。」

みちかが微笑むと乃亜がホッとしたような顔をして笑った。