式は素晴らしかった。

名前を呼ばれしっかりと返事をする姿に、歌声に、手紙の朗読に、何度も泣かされた。

いよいよ退場となり、乃亜の順番が来た。
出口で花を受け取って、担任に最後抱きしめられる姿を見届けてみちかは小さく息を吐いた。

乃亜の園生活が、ついに終わったのだ。

教室で小さなお別れの会をして、お友達や先生と写真を撮っていたら随分と時間が経っていた。
見れば園庭にはもう園児もまばらだ。
門の前で副園長がお見送りのためにわざわざ立っていてくれている。

いつまでも名残惜しそうに遊具で遊んでいる乃亜に、みちかは優しく声をかけた。

「乃亜ちゃん、そろそろ帰りましょう。」

百瀬の姿はもう、無かった。
これで本当に終わりなんだとみちかは思った。

「そうだ、パパ!壁画を見た!?たまごの殻に色を塗ってちぎり絵をしたんだよ!乃亜ちゃんはネコちゃんを担当したの。見てくれた?」

「そうなの?まだ見てないな。どれかな、パパに教えて。」

嬉しそうに乃亜は頷くと、悟と手を繋ぎ門へと向かった。
みちかも後に続きながら、ある事に気付いて立ち止まった。

「乃亜ちゃん、上履き忘れてるみたい…。」

手に持っていた乃亜の上履き入れが空っぽだったのだ。
乃亜が振り向き、「あ!」と言った。

「ママ、取りに行ってくるわ。パパと壁画を見ていてね。」

「うん、わかった!」

みちかは急いで園舎へ戻り、外階段を登って2階の靴箱へ向かった。
先生方も謝恩会が始まったようで、既に人気はなくなっている。
シンと静まり返った2階の昇降口で、みちかはポツンと靴箱に残されていた乃亜の上履きを手に取った。
それを上履き入れに入れている時だった。

「卒園おめでとうございます。」

ふと声がして、振り向くと廊下に百瀬が立っていた。

「百瀬先生…。」

百瀬はにこやかに、こちらへ歩いてくる。
スッと伸びた背筋と、明るくて澄んだその雰囲気でみちかの方へとゆっくりと歩み寄る。
その姿があまりに素敵で、動けず佇んでいたみちかは、気づくとふわりと百瀬の両腕で包み込まれていた。

「会いたかった。」

それはまるでとても大切なものを包み込むような、みちかの知らない優しい感覚だった。


fin