その時、勢いよく玄関のドアの閉まる音がしてみちかは顔を上げた。
気のせいだろうか、そう思って振り向くとリビングのドアが開いて悟が入ってきた。

「悟さん、どうしたの?」

立ち上がったみちかに悟は歩み寄りながら言った。

「やっぱり帰ってきたよ。今日、記念日でしょ。君の欲しいもの聞き忘れてたから勝手に選んじゃった、ごめん。」

そして手に持っていた小さな紙袋をみちかに差し出した。

有名ブランドのショッピングバッグの中には指輪のケースが入っていた。
取り出し開けると、プラチナにブルーダイヤが埋められコロンとした指輪がはまっている。

「結婚指輪よりもワンサイズ大きくしてもらったから。ちょうどいいはずだよ。」

みちかはルツ女の面接を思い出す。
結婚指輪をしていこうと話し合って決めたのだけれど、当日、久し振りにはめてみたらきつくて入らなかったのだ。
そのせいでひどくガッカリしていた事を悟も知っていた。

みちかの手の中にある指輪ケースから、悟は指輪を摘み上げた。
そしてみちかの左手を取ると、あっという間に薬指にそれを入れた。
言われた通り指にぴったりだった。

「…ありがとう…。」

「それ、外さないで。」

「え?」

「ずっとしてて。」

みちかは悟を見上げた。
何が言いたいのか、よく分からない。
長い前髪に隠れそうな目は、笑ってもいないし、むしろ怒っているように見える。
怒りたいのはこっちなのに…なんて勝手なんだろうとみちかは思った。
戸惑っていると、ぐいっと腕を引っ張られ、そのまま抱き締められた。

「今日は飲んでないよね?お酒。」

「飲んでない。悟さんは、随分酔っているのね。」

悟の香水の香りを吸い込んで、みちかはため息をついた。
今日は仕方なく、私にこうしているのかしらと思わず捻くれる自分が可笑しかった。
だっていつもこうしてこの香りを嗅いでいるのはあの子なんでしょう?
そう言いたい気持ちをなんとか我慢する。
しばらくの間、そうやって悟に抱きすくめられていた。
悟の身体をこんなに近くに感じたのはものすごく久し振りだった。
あんなにずっと求めて毎日泣いていたのに、誰かのものみたいで何もする気になれない。

「みちか。」

「なに?」

見上げると、キスをされた。
それは長くて、こんなに長いキスは今までした事がなくて、悟はこんな風にする人だったっけ…と、ぼんやりと疑いながらみちかは彼の背中に腕を回した。