発車のベル音に急き立てられ、階段を駆け上がりギリギリで電車に乗車した。
やっと本部を出れたのだから、もう1分でも無駄にしたくない。
小さく息を切らしながら南可那は腕時計を見た。
既に19時を過ぎている。
とうとう送別会開始時刻には間に合わなかった。
やっぱり帰り際にあんな余計な事を言わなければ良かったんだと、可那は大きなため息をつく。

本部に通うようになり、今日で丁度1週間が経った。
10月末日までは支店営業部所属だけれど、中旬から本部への出社を命じられていた可那は、既に支店を離れ池之内ゆりかの元、プレス発表会の準備に取り掛かっている。

池之内の元で働く夢が叶い、本当に嬉しく光栄だった事は間違いない。
しかし一緒に働いてみると、池之内は細かくマイペースな完璧主義者で、可那にとってはかなり面倒臭い女性だった。
見た目も作り出す世界観も、全てがお洒落で洗練されて憧れてやまなかったイメージと、実際の池之内はかけ離れていたのだ。
それはとてもショックだったし、自分との相性も最悪で、そんな彼女のアシスタントとして、朝から晩まで一対一で付き合う身となった可那は、たった1週間ですっかり憔悴しきっていた。

今日も朝からずっと、彼女との打ち合わせと資料作りで休む間もないほどだったが、それでも送別会には間に合うように18時半には本部を出る予定で調整済みだった。
けれど帰る直前に、資料にちょっとしたミスを発見した。
思わず池之内に指摘をした途端、今すぐ直す騒ぎになって一緒に残らざるを得ない状況になってしまったのだ。

支店営業部でわざわざ開いてくれる可那が主役の送別会なのだから、上司として遅れないように配慮してくれるのが当たり前と思っていたのが甘かった。

そうでなくても、ひとつひとつじっくりと考え進めていく池之内に毎晩0時近くまで付き合わされているような状況だ。
とてもこれから一緒にやっていく自信は無いし、既になんとなく辞める事すら考えてしまっている。
今日は営業部のメンバーに久し振りに会えると言う事もあってか、余計にナーバスになっているのかもしれない。
電車の窓に映る自分の顔が、とっても心もとなく儚く見えて、可那は涙ぐむ。

友利にも丸一週間、会えていないのだ。
忙しくてこちらからメールすらできていないし、彼からも特に連絡も無い。

離れていた分、今日は思いっ切り友利に甘えよう、可那はそう心に決め、電車を降りると駅の階段を駆けおりた。

今日の送別会のお店は可那の自宅最寄駅にある和風居酒屋だ。
幹事の仲村くんに店のリクエストを求められた可那は、迷わずそこを指定した。
魚料理やお蕎麦の美味しい落ち着いた雰囲気の居酒屋。
本来なら肉料理が食べたいところだけれど、あえてこのお店にしたのには誰にも言えない理由があった。

いつもの改札をすり抜け、狭く長い階段を上がり地上へ出る。
踏切を渡って、緩やかなカーブを道なりに行くとすぐにその店は見えた。
腕時計を見ると19時20分、先に始めてもらうよう仲村くんには連絡済みだ。
店に入り、店員に声をかけると2階へ案内された。
髪を整えて、その和製アンティークな個室の引き戸をそっと開くと見慣れたメンバーが一斉にこちらを向いた。

「お疲れ様です。遅れてすみませーん。」

可那はわざと明るく、声をかけた。

「お疲れ様です!」

「南さーん、こっちどうぞ!」

仲村くんが指定したその席は、奥の上手の友利の隣の席だった。
なかなか物分かりの良い幹事だと内心ほくそ笑みながら可那はすまして友利の隣に座り込む。