翌日の朝、乃亜が幼稚園に行き、静まり返ったリビングでみちかはソファに浅く腰掛けスマートフォンを見つめていた。

あと数分で、聖セラフの合否が学院ホームページ上で発表される。
これで乃亜の受験は終わるのだ。
みちかは大きく深呼吸をして、ほんの少しの間瞳を閉じた。

ここで終わって、ここで始まる。

どんな結果であれ悔いる事はない、やるだけの事をやってきたからどんな結果でも受け入れよう。
みちかは目を開けた。
壁にかかった時計が10時ちょうどを指している。
みちかはホームページの合否確認画面に、考査番号とパスワードを入力した。
画面が切り替わる瞬間が、とてもとても長く感じた。

友利乃亜様 の氏名の下に並ぶ、その2つの文字を、みちかはしばらくの間食い入るように見つめていた。
それからサンライズ体操教室へ電話をかけた。
ほんの2回ほどの呼び出し音で、電話に出たのは百瀬だった。

「お世話になります。友利乃亜の母です。」

「友利さん、おはようございます。百瀬です。昨日はお疲れ様でした。どうでしたか?乃亜ちゃん…。」

柔らかく尋ねるその百瀬の声に、思わずみちかは涙ぐむ。

「聖セラフ、合格頂きました。」

「良かったぁ…。おめでとうございます!」

「ありがとう、ございます…。」

次から次へと涙が流れ、胸がいっぱいで言葉が詰まる。

「乃亜ちゃん、昨日は落ち着いて居ましたしね。友利さんも本当に努力されていらっしゃいましたから…僕は、合格以外は無いと思っていました。いやぁ…本当に良かった…。」

「そんな…。百瀬先生が来てくださったおかげです。昨日は先生が居てくださったから安心して挑めました。乃亜の手を引いてくださって、家族のように歩けて…。本当に嬉しかった。」

「僕も、乃亜ちゃんのパパになったみたいで昨日は嬉しかったです。」

百瀬が明るくそう言いながら、笑った。

遠回しに色んな言葉に包まれて次々と溢れてきてしまう本当の想いは、いつも百瀬が明るく変換して返してくれるからこそ安心して言えてしまうのかもしれない。

「ありがとうございます。本当に…百瀬先生には感謝しても、しきれないです。」

昨日言えなかったお礼をみちかは一通り伝えた。
最後に百瀬が 「それでは土曜日に。」と、言った。

「次が最後になりますね。乃亜ちゃんと会えなくなるの寂しいです。」

「え…。」

みちかは思わず部屋のカレンダーに視線を向ける。
今まで気づかなかったけれど、考えてみれば次の4週目の土曜日で体操教室は終わりだった。
百瀬に会えるのはあと1度きりとなる。

「そうなんですね。あと、1回でしたか…。」

「お待ちしていますね。今日はゆっくりなさってください。」

電話を切ると。みちかは何も出来ずただソファに座っていた。

どんなに自分を誤魔化そうとしても、寂しさとどうしようもない切ない感情が混ざり合い、喜びに勝ってしまっているのが分かった。

もう、本当に会えなくなってしまうのだ。