「百瀬先生、なんだか今日はパパみたい。」

そんな風に言った乃亜に、百瀬がたまらなく甘い表情で笑いかける。

「本当?パパに見えて良かったぁ。1人怪しい奴にならないように思いっきり変装してきて成功かな?」

乃亜がうふふ、と笑いみちかも笑った。

「そうだ、乃亜ちゃん。聖セラフ学院小学校にもひみつのこみちがあるのは知ってる?」

百瀬がそう言って、ふっと立ち止まった。
その目の前には、細い路地が伸びている。

「ええ!?ひみつのこみち?知らないよ。ママ知ってる?」

乃亜が不思議そうにみちかを見上げた。
みちかも「さぁ、知らないわ。」と、首を横に振る。

みちかはここを左に曲がり、道路の脇道を通って学校へ行く方法しか知らない。
目の前の細道はまだ通ったことはなかった。

「もしかしてこの道が、学校へ続いているのですか?」

「そうなんですよ。ここ、車も通れないからめちゃくちゃ安心なんです。」

百瀬が「どうぞ。」と、小さな声で手をかざすので、みちかはそっとその小道に足を踏み入れた。

あまり舗装のされていない静かな路地裏に、3人の小石を踏む足音だけが聞こえる。
左右には住宅が並び、背の高い塀の向こう側に庭の木に咲く花や、色づきかけた葉がちらちらのぞく。
季節感を感じられる素敵な通学路だとみちかは思った。

「本当に、ひみつのこみちにそっくりですね。」

「そうなんです。幼稚園へ向かうみたいで、なんだかホッとしますよね。」

乃亜と百瀬は手を繋ぎ、楽しそうに歩いている。
そんな2人を見ていたら、みちかもすっかり明るい気持ちになった。
そっと乃亜の手を繋ぎ、3人で並んで学校の正門まで歩いた。

「先生のお陰でとてもリラックス出来ました。今日は、いつも通り頑張ります。」

聖セラフの正門の前で、みちかは百瀬に丁寧に頭を下げた。
丁寧に磨かれた百瀬の靴と、綺麗な手が視界に入る。
忙しいのに朝早くから私たちのために来てくれた。
一体、何時から駅で待っていてくれたのだろう、本当にありがたいと思った。
気持ちが舞い上がり、きちんと伝えられなかった言葉が次々とみちかの胸に染みてくる。

「友利さんのお力に少しでもなれたなら良かったです。頑張ってくださいね。」

そう言って、いつものように百瀬は乃亜の前にしゃがみ込んだ。
優しく乃亜の頭を撫でながらゆっくりと話しかける。

「乃亜ちゃん、落ち着いて、楽しくね。」

百瀬の表情は、乃亜の事を心から思ってくれている、いつだってそんな風に曇りない。

乃亜はキラキラした目で百瀬を見つめ、「先生、乃亜ちゃん頑張るね。」と言った。

みちかは目を細めた。
まるで本当に魔法にかかったかのようだった。
百瀬と別れ、乃亜とみちかは手を繋ぎ、聖セラフ学院小学校の校舎へと向かった。