ありふれた恋。


小さくなる後姿に再度、声を掛けようかと迷ったが携帯の時計を見て口を閉じた。

陽介のアルバイトまでもうそんなに時間は残されていない。

名残惜しいが後ろ姿が見えなくなるまで見送り、自宅の扉に手をかけた。



重い、重い扉。


自宅が安らげる場所だというけれど、
私にとって安心できる場所は、陽介の部屋だけ。



「あら、帰ったの」



靴を脱ぎ捨て廊下を進むと、母の声がした。



なんでいるの……。

舌打ちをしたくなる気持ちを抑え、


「ただいま」と形式だけの挨拶を済ませる。



さっさと自分の部屋へと続く階段を上るつもりでいた私に、母は珍しく挨拶以外の言葉を発した。



「最近どう?」


まるで友達に話しかけるような親しげな口調。



「特には」



例えなにかが変わっていたとしてもこの人に話すことはないだろう。