ありふれた恋。


それから陽介に家まで送って貰った。

「どこに止めれば良い?」

「あ、そこで大丈夫だよ。ありがとう」



自転車を押してきてくれた陽介にお礼を言えても、サヨナラの言葉は出てこなかった。


「それじゃ」

「これからバイト…?」


家庭教師のアルバイトをしている陽介は、夕方はほどんど家にいない。


「うん。今日は数学の日」



中学生に5教科も教えている陽介は得意科目はないと以前、言っていたっけ。

でも反対に苦手な教科もないらしく、それはたぶん秀才の域に達しているのではないかと思う。


「気をつけてね」

「サンキュ」



いつもの空気が戻ってきた。


「また部屋に行っても良い?」

「いつでもどうぞ」


勝手に離れようとした私を、陽介は止めてくれた。

ならば私の帰る場所はひとつだけだ。



「今日は9時過ぎると思う」

「え…」



陽介はそう言い残して、立ち去った。