目を見開いて恐る恐る顔を上げてみれば、フッと口元を緩めたいつもの顔。


やっぱりクロが何を考えてるのかわかんなくて唇を噛み締めれば、“寒くない?”と、そう優しく問うてくる。



「やっぱ、春の夜の海はちょっとナンセンスだったかな。
温かくなったら、また来ようか。」


「やめて!」


瞬間、あたしはその体を突き飛ばすように腕を伸ばした。


当然クロは驚いたように目を見開くのだが、あたしは力が抜けたようにその場に崩れ落ちてしまう。


砂の粒に埋もれると、溢れ出したような過去の記憶の渦に、生理的な涙が溢れた。



「…夏、希…?」


「やめっ、触らないで!」


震えは、寒さからではないことくらい、クロの目から見ても明らかだっただろう。


こちらへと伸ばし掛けていた手を止め、小さくため息を落とした彼は、あたしと同じ位置までしゃがみ込み、“帰ろうか”と、そうポツリと呟いた。


本当にもう、めちゃくちゃだった。


クロの優しさが痛くて、折角固めていたものが溶け出すように、色々なものが溢れて来るのだから。



「お前が何にビビってんのか知らないけど。
今、お前の前に居るのは俺だから。」


「―――ッ!」


泣きわめくあたしに、波音に混じりながら投げられたのはそんな言葉で、恐る恐る顔を上げてみると、クロは小さく口元だけを緩めた。


世界は真っ暗で、おまけに静かすぎて嫌になる。


そんな中であたしは、今更ながらにクロのことが好きだったんだと、そんなことに気付かされたのに。


なのにこんなにも醜いあたしが、恋なんてして良いはずもなくて。


苦しくなって再び涙が溢れ、そっとクロは、そんなあたしを抱き締めてくれた。