向日葵

「夏希ちゃん?」


突然に視界は明るくなり、呼ばれたのはあたしの名前。


驚いたように視線を泳がせるあたしを、お客の男は不思議そうな顔で見つめていた。


だけども何を勘違いしたのか、“そんなに気持ち良かった?”などと問うてくる。


不意に痛みを感じて手首へと視線を落とせば、この場所まで縛ったのだろう、しっかりと痕が残されていた。


そんなことろまであの日と酷似しているように感じ、やっぱり吐き気ばかりを覚えてしまうのだが。



「じゃあこれ、今日の分ね。」


ひどく顔色が悪いあたしに気付いたのかお客は、自分の荷物を手に、そう足早に部屋を後にした。


相変わらず情けないな、と思いながら煙草の箱から一本を抜き取ると、涙腺までもが力が抜けたように緩み、涙が溢れてくる。


唇を噛み締め、ベッドサイドに置かれた数枚の諭吉を握り潰した。


痛みの上から痛みを塗り重ねることで、強くなれるんだと思っていたのに。


なのにあたしは、未だにちっとも強くなれないまま。


ただ、生まれて来なきゃ良かったと、そう思わされるばかりで。


膝を抱え、それに顔をうずめると、幼いあの日に戻ったように感じられた。




♪~♪~♪

静寂の中で突然に鳴り響いた異質な電子音に反射的に顔を上げてみれば、電話の着信音。


ため息を混じらせながらバッグを漁り、それを持ち上げディスプレイを確認した瞬間。


その瞬間、“クロ”と表示されたそれに、目を疑った。


だって、もう掛けてくることなんてないと思っていたのに、今更一体何の用があると言うのか。


少し迷ったのだが、鳴り止む気配は全くなく、仕方なくあたしは通話ボタンに親指を掛けた。



―ピッ

『…夏希?』