行為が終わり、気だるい体をベッドに投げたままのあたしの枕元に、いつの間にかビシッとスーツを着てしまった彼は、数枚の札を置いた。


視線だけを向けてみれば、いつもよりも一枚多いことに驚いてしまう。



「…石部、サン?」


「あぁ、気にしないで。
何か悩んでるみたいだし、美味しいものでも食べなよ。」


「…でも…!」


「じゃあ、雨降りそうだし、タク代にでもして?」


そう言った彼は綺麗な笑みを残したまま、言葉を返す隙さえも与えないままに、あたしを残して部屋を出た。


パタンと重たい扉は閉められ、それは仕事の終わりを意味しているのだが。


何だか今日は、悪いことをしてしまったなと、そう思いながらあたしは、ゆっくりと体を起こし、お風呂場へと足を進めた。


窓のひとつもないこんな場所はまるで異空間で、外の天気も自分の気持ちも、何もかもがわからないまま。


ただ、昔の古傷ばかりが痛みを放ち、振り払いたくてあたしは、シャワーのお湯を頭から被った。


泣きたくなんて、なかったのだ。


泣くことしか出来ないなんて、そんな子供みたいなことはもう嫌だから。


そう思っていれば、ひどく呼吸が乱れ、まるで掻き毟るように全身を洗い流した。


もう、どこが痛いのかなんて、あたしにはわかんなくて。


いつまであんな記憶に縛られてれば良いのだろうかと、そんなことが頭をよぎり、自嘲気味に笑ってしまう。


桜咲く季節には、似つかわしくない心持ちだと思った。