落ちてきた瞳に、声が震えた。


先に視線を逸らしたのはクロの方で、悲しげな顔を直視することも出来ずにあたしは、顔を背けてしまう。



「あたし今、アンタの傍に居たくない。」


「…何、言って…」


「あたしじゃない人のこと考えてるんなら、一緒になんて居たくもないから。」


随分欲張りな台詞だなと、自分で思ってしまうのだけれど。


唇を噛み締めた彼に、否定さえもしてくれないのかと、そう思わされて。


フローリングの冷たさを背中に感じるのは、これでもう、何度目かもわからない。



「また俺から逃げんの？」


「逃げてんの、アンタの方じゃない？」


やっぱり先に視線を外したのはクロの方で、“どいてよ”とあたしは、無理やりに体を起こした。


起こして、そして短くなった彼の煙草を取り上げ、灰皿へと押し当ててやれば、クロは空いた左手で顔を覆ってしまって。



「誰か知らないけど、帰って来てるんでしょ？
あたしなんか気にせずに、会いたいなら会いに行けば？」


突き放したのはもしかしたら、自分がなるべく傷つかない道を無意識のうちに選んでいたのかもしれないけれど。


持ち上げられたのはひどく弱々しい瞳で、相変わらず否定の言葉を並べることさえもしてくれなかった。


握り締めた拳は冷たく震えていて、沈黙に押し潰されてしまいそうで。



「…えっ…」


刹那、抱き締められ、抵抗するより先に、唇が奪われた。


何とか逃げ出そうとするも、強い力によって壁へと押し当てられ、意志とは別に恐怖心に支配されるあたしに、だけども彼は、舌を絡ませて。



「…こんなの、嫌だっ…」


そんな風に漏らした時には遅く、ただ涙が溢れていて、緩んだ手に解放されたようにあたしは、フローリングへと崩れ落ちた。


震えは止まらず、自らの腕へと爪を立てると、痛みの中で嗚咽が混じって。