その瞬間だった。


バチンと響いたと同時に痛みを放ったのはあたしの左頬で、殴られたのだと頭で理解するまでに、そう時間は掛からなかった。



「…何、すんのよ…」


「うっせぇよ!
お前のためにしたんだから、口応えしてんじゃねぇ!」


「あたしはそんなこと頼んでない!」


唇を噛み締めると、意志とは別に涙が溢れそうで、そんな瞳のままに睨むと、陽平はあからさまに舌打ちを混じらせた。


陽平を信じて戻ったはずなのに、何にも上手くいかなくて、逃げるように寝室に向かい、その扉をバンッと強く閉めた。


後悔なんて、したくないはずなのに。


何にも知らないで暮らしてた頃には、もう戻れないのだろうか。


あの頃はそれなりに楽で、そして楽しかったはずなのに、一体どこから狂ってしまったと言うのだろう。


頭に残った残像は、クロと女の人が腕を組んでる姿で、もう振り払えないほどにこびり付いたまま。


ただ涙ばかりが溢れ、声を殺した。



「夏希、出て来いよ。」


ドアの壁一枚を隔てた向こうから、陽平のそんな声が響いた。


頬は熱を帯びたまま、未だ痛みを放ち続け、そこに涙が伝えば、言葉は出てこない。



「ごめん。」


ポツリと呟かれたのはそんな言葉で、謝るなんて卑怯だと思った。


まるで、謝れば全てが許されるとでも言われているようで、そしてあたしが悪者だとも言われているようで。


耳を塞ぎ、崩れ落ちた。