翌朝、ウチの玄関先で、
アタシの顔を見た矢広は、
またくりくりの小動物のような目になって、
あり得ないが……静かになった。

頬に張り付けた湿布のせいか?
隣に並んで歩きだしたが、小声で何か早口でつぶやいている。
いつもの通学路。

「責任……傷……もう少し早く……女性……俺が……アザ……」

「矢広?」

「はっっ‼はひっっ‼」

「こんな青ジミ、すぐに消えるよ」

「うぐっ‼」

うるうるして、泣き出さんばかりの矢広。
ああ、また、うっとうしい一日が始まる。

美加が近くに来て、ようやく気付く。
「どーしたの、二人とも?
夫婦げんか……じゃ……無いよね?」

昨日の一部始終を話すと美加は、
「わ、良かった、私、居なくて。やっぱり私、何かに護られてる」
と、鬼のような事を言った。

「二人の勇姿が見れなかったのは、残念だけど」
申し訳程度に、付け加える。

美加の攻撃はさらに続く。
「だいたい、ケーキは筋肉の敵、とか言っておいて、
自分一人でミルフィーユ食べに行くのって、どうなのよ?天罰よ、その災難」
人が無事だと思って、言いたい放題だ。

「ちょこっとの怪我だから、良かったようなものの、
もし、ピーなことや、ピヨピヨなことされて、ドキュンドキュンだったらどうするのよ?大変よ?」

伏せ字か?それ。

振り向くと、矢広が膝から崩れ落ち、
道路に手を付き、ガックリとうなだれる瞬間だった。
涙が、道にポタポタとシミを作っている。
アー、もう。

「みいーかあ‼」
もー!悪天使、美加エル。
実はかわいい男の子いじめるのが好き。

「相沢さんっ‼俺、俺っ‼精進するッス‼無敵の男になるッス‼」
鼻水、拭け矢広。

「おめーは努力の方向性、完全に間違ってる」
あの、強さはどこからくる。

荒削りすぎて、格闘技とは言えないが、
「どうしてケンカに強いの、今まで黙ってた?お前くらい強けりや、すぐに天下取れたじゃない?」
聞いてみた。

「え?必要ないっす。『男は黙ってサッポ〇ビール』って、じいちゃんが。ミフネのような男であれと」

「ビール?」

「力は、大切なものを守るために磨き、いざというとき使えって、じいちゃんが。『いたずらに誇示するべからず』と」

「へえ、かっこいいじゃん。じいちゃん」

「ねえ、ねえ、矢広くんもさ、『SPARROW』連れてこうよお。今日行こう?」
美加がやたら矢広押しで、テンション高い。

「うん、まあ、な」
アタシはあいまいに答える。美加はご機嫌だ。
絶対、矢広にタカる気だ。

「えっ?なんすか?何の話?」
矢広がアタシと美加を、キョロキョロと見る。

うん、まあ、そうだな。
コイツを野放しにしておくのは、
けっこう危険だということは、わかった。
少しばかり見張っておくべきだろう。

こんな変な恋の始まり方も、
有るもんなんだな。






おわり