「岩佐さん、この女、見た目とぜんっぜん、違いますね。イヤだな」
「つ、強ええ。何なんだコイツ」
「いっ、痛ってええ……」
「くそ、ちょこまかしやがって」

七分経過。今のところ、雑魚八人中三人倒して、後一人もう一息。イヤ、今、蹴り倒した。

横になってるヤツ、踏まないようにしないと。
とは言っても、もう起き上がって来るころだ。

こちらがかわし続けているせいか、相手は息があがっている。
ただ、こちらも部活上がりの放課後で、何より空腹だ。

「もー!フルーツミルフィーユ食べに行くところだったのに‼お腹すいたーア!」

叫びたくもなる。

「……んだとゴルア!チビがなめんなや‼」

むっかー。腹減って、腹立ってきた。

多分、アタシがコイツら全員倒して勝ったら、あの岩佐とか言うヤツは向こうに止めてあるバイクで逃げる気だろう。

ラスボス野郎は体格はしっかりして、顔も悪くないが、
なんだかそういう、いかにも卑怯っぽい雰囲気の奴だ。
アイツを逃がさず、確実に倒すには、どうすればいいのか。

アタシが不利だという状況をかもせばいい。
自分が確実に勝てると思ったら、アタシを殴りに来るだろう。

さて、それならどうしよう。
致命的に効きそうな振りかぶりの拳は、よける。
どんどんよけてから、腕で一発受けた。

わざとよろけた。
顔を殴ってくる。効いた振りをして、
膝をつく。


岩佐が、口を開く。
「おい、もういい。捕らえろ」

殴りかかろうとしていたヤツは拳を止め、アタシの左腕を押さえこんだ。
あの、ガタイのいいヤツだ。
もう一人来て、右腕を押さえる。

岩佐がアゴを偉そうにしゃくり上げると、二人はアタシを引っ張り上げて立たせた。
コイツらとは背丈がちがう。爪先だちだ。

にっこにっこしながら、こっちに来る岩佐。
「さあて、もう逃げられないだろ」

最初っから逃げてないってえの。
相手してやってるってえの。
そうだ、もっとこっち来な。

「案外、早く勝負ついたな」

「どこが?相手の動きを、少しばかり封じたからって、油断すんじゃないわよ、シロウトども」

「そうそう、もっと吠えろ。さてと、どうすっかなあ?とりあえず、軽くボコるか?
まあ、安心しな。強姦しようとか、そういうのないから。俺は女に不自由しちゃいない。
『岩佐様。好きにして』ってのは大勢いるからな。
恥ずかしい写真撮ってばらまく、ってのもいいが、他人の手元に証拠が残るのもなー、もったい無いような」

わあ、ホントに嬉しそう。真性のバカだコイツ。

「岩佐さん」
アタシの腕を押さえこんでいる、ガタイのいいヤツが言う。

「この女、この状況で、全く動揺していません」
そう言うヤツは、かなり緊張していた。

心拍数は上がっているし、指先も冷たくなっている。
かすかだが、震えもきていた。
そりゃそうだ、下手すりゃ犯罪だもの。

「駒をやるのも大変だな」
あきれて、ため息もでようというもの。

「……くっ」
ガタイちゃん、押さえこんだ手に力を入れたが、こんなの体をひねったらすぐに抜けられる。

父の道場には、本職の方々も、大勢来ていた。
警官も居たし、学校の生活指導者、暴走族からトラックの運ちゃんになった人もきてた。

スキンヘッドに刀傷、オールバックに銃創、倶利迦羅紋紋、弁天菩薩。
道場の娘でも扱いは非道かった。

「さすが、岩佐さんが惚れただけの事はある。胆の座り方がちがう」

「バカ、ちげえ。誰がこんな男女」
岩佐は目線を落として、数秒、考えた。

「そうだ、相沢。お前が今着けてるブラジャー、もらおか」

は?ブ?って?

急に饒舌になる岩佐。
「イヤ、俺としては、記念品というか、勝利の旗標みたいなもんが欲しい。そういう物として出来るだけ特殊性のあるアイテムと考えると」

情けなくて泣けてくる。
「うう。充分、性犯罪だろうがボケ!
下着ドロ!ヘンタイ‼なんでアタシの周りにはヘンタイしかいないのよ!」

こんなヤツと望まずとも対峙してしまうとは。
これも闘いに生きる者のさだめなのか。

「返して欲しくば、俺のところへ来い、ってな」
皮算用の岩佐。
み、みにくい。エロと勝ち誇りでみにくい。

「取ってないだろうが!」
そんなに簡単に取れる物でもない。

「なあ、山城、ハサミ持ってる?」
山城と呼ばれたヤツが、ごそごそ自分のカバンをあさっている。

おいおい、
「……お前人に向けて、刃物使う気か?最低だな」
今日着けてるブラは気に入ってるやつだ。

苑子さん(叔父さんの奥さん)が、
『京子ちゃんはたくさん運動部のお友だちがいるんでしょ?気持ちは優しく、女の子らしくしなくちゃね。かわいいもの身に付けると、気分も上がるし』
とか言って、多めにくれた小遣いで買ったやつ。

「動くなよ?残るような怪我は、させたくないねえ」
ハサミをかまえる岩佐。
「大丈夫、他のやつらには見えないようにするから」

「あの、岩佐さん、マジでヤバいんじゃないすか?」
子分はやや怯えている。

岩佐は解さない
「こんなんでヘコむようなタマじゃねえよ。まあ、少しばかりは、大人しくなってもらわないと」
眼を細めてキメ顔を作っているつもりらしい。
アタシに向き直って言う。

「お前を女にするのは、俺だ」