矢広がいないと、こうも静かに事が運ぶのか。
部活はサクサク終わり、サクサク着替え、サクサク帰る。
体が軽く、清々しく感じられる。

「やっぱり寄ろう、『SPARROW』」

ママさんの作る、刻みフルーツをクリームに混ぜ込んだミルフィーユは絶品で、中毒モノの美味しさ。
そういえば常連客のみなさんにも、ここしばらく会っていない。

路地裏に入り、解体中の建物の横道を抜け、ビルの駐車場を横切ろうとした。
そのアタシの目の前に、人影が立ちはだかった。

見れば学生服の男二人。

「ん?……何か用?」

アタシを見て、男らは顔を見合わせた。
そのうち一人が口を開く。

「貴塚ヶ原高校、二年、相沢京子、か?」

「そうだけど?」

男二人の背後からゆっくりと、もう一人現れる。
そして歩み出た。

「日延ヶ丘高校、三年、岩佐 敬一朗だ。
相沢京子、お前を潰しにきた」

「どういう事?」

「そのままの意味だが?」
周囲から一人、二人と、……八人ほど人影が寄って来る。

「理由を聞こうじゃない?」

「日延ヶ丘の事は、知っているだろう?」

「知らない」
アタシは首を振った。

岩佐と名のるヤツは、ムッと顔をしかめた。
「ウチのガッコもお前んとこと同じく、スポーツを盛んにすることで活気を上げようとしている。
ここ数年、優秀な選手、指導者や研究者の誘致に躍起になってた。そのかいあって、練習試合や地区、県大会でやっとこさ勝つようになってきた」

腕組みをして眼を細めながら、続ける。
「ところが、その勝利の道が、ことごとくはばまれるようになってきた」

ははーん、なるほどね。
「ウチ、貴塚ヶ原が、おたくを負かして、ちょこっと進出するようになったと」

「そうだ。全くノーマークの、弱小のぺーぺー校がいきなり強くなりやがって!」
吐き捨てるように言う、岩佐。

ゴメン、知らんかった。
「ウチもアンタんとこ、ノーマークだわ」

「岩佐さん、この女ムカつくわあ。ホントにコイツが相沢ですか?」
寄って来た一人が渋い顔で言う。

「どんなゴリ女かと思ったら、めっちゃカワイイし、生意気やし。オラ、タメぐちきくなや、泣かすぞ」
にやにやしながらお調子者っぽいヤツが言う。

岩佐の叱責が飛ぶ。
「油断すんな、バカ。そいつは一人で貴塚ヶ原の心臓、やってるようなヤツだぞ」

はあ、この男らは、
何をしているつもりだろう。

「つまり、ドングリが背比べに負けて、さらに恥の上塗りを決意して、腹いせに勝ったドングリに因縁つけようと?そんなんだから、ドングリのままなんじゃない?集まるとこ、間違えてるし」

岩佐の隣にいる、
ひときわガタイのいいヤツが言う。
「カネ、かけたヤツは面白くないのさ」

ははーん。
それ、出資者が岩佐(とやら?)の親父ってこと?それとも、賭博?ってことか?どっちにしろ、ろくなモノじゃない。
……だが、しかし。自分も人の事は言えない。部活制覇は八つ当たりだった事を考えると、コイツのほうが、
純粋な愛校精神があるような、気もする。

岩佐は鼻で笑う。
「お前を潰せば、貴塚ヶ原の士気をくじく事が、簡単にできる。始めは、何だこの女と思ったが、色々調べさせてもらった」

撤回。汚なすぎコイツら。
もっとましな事に労力使えよ。

「とりあえず、腕の骨でも、一本折っとこか」
さっきのお調子者なヤツが、アタシの腕をつかんだ。

振りほどき、その勢いで顔の正面に拳を当てる。仰け反って出た胸を押すと、難なく倒れた。

その横に立ってたヤツには、裏拳を当てる。よろけたところを足首をすくうように蹴り上げる。

にやけて緩んでいた雰囲気は一気に冷え、一同一斉に身構えた。

よっしゃ、アタシは自分の髪を指ですくようにかきあげ、挑発する。
「どっからでもかかって来なさい。どうせあんた達、運動部じゃないんでしょ?」

じつは、アタシもだ。
格闘部に出入り自由だが、どこにも部員として席は置いていない。
逆恨みで因縁つけられるのは、小学生の頃に経験済みだ。他の道場の子とケンカしたせいで、父の門下生が、公式戦に出られなくなる騒ぎになった。

ふっ、と、岩佐が笑う。

それを合図にか、一斉に飛びかかってきた。

とにかく攻撃をかわす。岩佐は腕を組んだまま動かない。こっちが弱るまで待ってるつもりか?
ラスボス感をかもしながら、余裕でほくそ笑んでいる。

肩をつかんできたヤツのみぞおちを肘で打ちながら、これじゃあラチがあかない、と思う。