まるで、少女のような、ごきげんなスキップの後を、仕方なくついて歩く。
爽やかな朝に、晴れやかな矢広の笑顔。

「お迎えに上がりました!」

気力を吸い取られる気がする。
何なんだ、コイツの、このテンション。

貴塚ヶ原高校に向かう通学路は、
けっこう賑やかで、しかもカップルが多かった。

女子がこっちみて笑ってる。
いやでも目が合う。

恥ずかしい。
しかも、だんだんそれに慣れてきている。


危機感。

スキップの後ろ姿に向かって、
「矢広、少し落ちつけよ」

すると矢広は、くるりとこちらに向き直って、
「すんません、嬉しくて楽しくて、つい。
最初の頃からすると、すんごい付き合ってるっぽいな、って」



だからー、付き合ってないって。
「お前は何か、勘違いをしているようだけど」

「あ、やっぱ、相沢先輩、硬派な男が好みすか?もっと渋く振る舞えと?」

近いんだけど、今はそこじゃない。

「ウチら、付き合ってないだろ?」

矢広はさも意外だという表情で、
「登下校いっしょで、休み時間も共に過ごしてて、これって付き合ってる、って言うんじゃないですか?」


「違うだろ、絶対!」
走って逃げたって、追いかけて来てただろ?ふつうの登下校じゃないだろ?

脚力には自信ありの、アタシが振り切れないのだ。
案外、コイツは、体力はあるほうなのかも知れない。底知れなさが怖い。見た目はヒョロいんだが。

「やっぱ、部活動の時間も、いっしょに過ごしたほうがいいすかねえ?」




なんだと?

「それ、脅しか?断る。論外だ。ダメに決まってる」

「まあ、二人の仲は周知の事実なんで、あんまり見せつけても、下の者に示しがつきませんけど」

お前のどこに、誰かに示しがつく要素がある。

「おっはよーお!矢広くん」

誰かと思ったら、美加だ。

「あーあ。さすがの女総長も、ついにあきらめの境地へ。京子もとうとう身を固める時がきたか」

ちょっと‼
「縁起でも無いこと言わないでよ!この軽薄野郎、ただでさえ調子こいてんだから」
アタシが目下の者は殴らない、
と、知ってのこの狼藉三昧。

「矢広ぴょん、悪くないと思うけどな?スラッと背高いし、顔もかわいーし、一途だし」

「はア?」

矢広が踊り始めた。
「川島先輩、いいことゆー!いいことゆー‼もっと言って!もっと!」

やってらんない。
くそっ‼ブルータス、おまえもか。
おまえ美加‼

変なダンスを激しく続ける矢広。
「やたー!親友公認。ひやほお!」

「あとは、本人に認めてもらうだけだね、
矢広くん。よく考えたら、それってなんだか
変だぞ?やっぱり」
そう言って去ってゆく美加。

これから学校行って、
授業受けなきゃならないんだろうか、ホントに。
朝から疲れた。

「よし、決めた。俺、相沢先輩ん家の近くにアパート借りて、独り暮らしします」

「とうとう、犯罪者予備軍か。ストーカー、定点観測か。ムショに差し入れくらいなら、してやってもいいぞ」

「何だったら、卒業を待たずに同棲しちゃうっての、どうでしょう?
どうせいちゅうねん‼
なははあんちゃって!」

「じゃ、さよなら。アタシは教室こっちだから」

もう脳ミソ耳から出そう。


二年生の階に入って、やっと平和が訪れる。

矢広がいないと思うと、授業がやたらありがたく感じられた。
しかし、休み時間ごとに奴は来るのだ。

授業が終わって、ぐったりしていると、
いかつい感じの男子が真剣な面持ちで、教室の入り口に立っている。

「相沢さん、ちょっといいですか?」

こんなことは二年になってからはない。

「一年の仲原 信二です。
今日は、相沢さんにお願いがあって来ました。矢広は今、人に頼んで足止めしてもらってます。」

うん。
「何かな?」


「矢広と……、矢広 竜太と、正式に付き合ってやって下さい。お願いします」

言ってることが、意味不明だ。
「あア?」

「すっ、すいません。差し出がましい事だとは、重々承知しています。けれど、相沢さんが彼女になれば、アイツも少しは、落ち着くんじゃないかと思うんです」

「言ってる意味が、まったくわからないんだが?」

「アイツ、もっと相沢さんと一緒に居たいから、って、同好会抜けるって言い出したんです」

「同好会?」

「はい。『廃棄素材使用簡易動力小型飛行機の設計と飛行距離記録』の同好会で、現在会員3名です」

「地味っ」

「よく言われます。俺、アイツとは小学校からのダチで。アイツ、ああ見えて手先器用だし、設計センスもあるんです。アイデアも斬新で、審査員特別賞とか受賞したり。あ、毎年コンクールに出場してるんです」

「幼馴染み、ってわけだな」

「はい」

「では、逆に頼みがある。ヤツの弱点を教えてくれ」

「え……?矢広の、ですか?」

「そう、苦手なもの。見せたら近付かなくなるものとか、これを言うと大人しくなる、とか」

「え……と、矢広の……うーん。弱点……?ない……、ですね。しいて言うなら、相沢先輩……が弱点ですか」


「ふっ。おまえも日本語、通じないヤツか」

「先輩は伝説のウルフですから。拳聖ですから。この学校には部活動で下級生に対する立場を守るための、悪質なシゴキがありません。そんな事をしているヒマがあったら、自分たちを鍛えるべきだと、先輩も皆も、知ってるからです。この考え方は団体競技や、文化部にも波及しています」

「そういう事にアタシは関係ないよ。もともとはみんな意識が高かった、先生方もしっかり生徒を見てた、ってことなんじゃないの?」

「ほら、ほらね。先輩のそういうところが……、アイツ、ホントに相沢先輩の事になると人が変わるんだから」

伝説の拳聖なら、敵の弱点をその親友に聞くだろうか。

「あー、とにかく仲原くんね、矢広とか絶対無理だから、あんなやかましいヤツ、彼氏とかあり得ないから。さっ、行った行った」

何故かおばちゃん口調になって、手をシッシッとかやっているアタシががいる。

仲原がハッと顔を上げた向こうに、パタパタと走ってきた男子。
誰?アタシは自分よりも小さい男子を、久し振りに見た。

「あっっ。相沢先輩、どうも。調理部一年の森下 健人です」

調理部?

それから仲原に向き直って、

「どうだった?」
首を振る仲原。森下はええっ、という表情になり、すがり付かんばかりに、アタシに詰めよってきた。

「僕からもおねがいしますっ‼今、竜太に調理部辞められたら、デザートコンペに出すレシピが、決まらないんですっ!今年こそは優勝したいって、部長やみんなに言われて来たんですっ!」

アイツも掛け持ち組か。
「ヘタレ共が。自分らで来い!結果は同じだがな。」

仲原が捕捉する。
「矢広、親父が料理人なせいか、味覚がスゴい鋭いんですよ。食ったもんの味のコピー、すぐに作れちまうし」


異常なまでに鼻がきくのは、味覚つながりか。

仲原は続けて言う。
「相沢先輩、アイツ、軽くてバカに見えるけど、けっこう使えるヤツなんですよ。付き合って損はないと、思いますが」

ふーん。へー、なんか腹立ってきたぞ。
アタシは満面の笑みを作った。
そうして、ゆっくり言葉を切りながら言う。

「仲原くん、君は、交際相手を、使えるヤツか、どうかで、選ぶのだな?付き合って、得だったら、それで、いいと?」

「あ、そんな、そういう意味では……」
あせりだす仲原。

「おまえら、人を見くびるなよ」

しょんぼりと帰って行く二人に、

「よお!」
と、声かけて、矢広がこちらに来るのが見えた。