「矢広、お前さ、同じ学年にいいコいないのか?」

「は?何の話っすか?」

こんな事なら、自転車通学にすれば良かった。
体力をつけるためと、長年、徒歩にしていたのだが……。
矢広と並んで歩きながら、自転車をどこで買おうかと考える。

「だからー、矢広のクラスにもいるだろ?
もっとこう、おとなしーくて、かわいらしーい、THEプリティーエンジェル!って感じの、ハニーな女子が。アタシみたいなのの周りウロウロしなくても」

「何言ってんすか?怒りますよ?俺は相沢さんオンリーなんスから」



何でだ。


「なあ、矢広、アタシのどこがそんなに気に入った?」

ばっとアタシに向き直る、矢広の目が異様に輝く。
「えっっ、あっっ、キタキタキタキタキタキタキタキターああっ‼言わせるンすか?もうっ、もうっ!全部ッス!全てッス!相沢先輩の何もかもが好きっす!」




気色悪い。

「力いっぱい、ありきたりだな。何の説明にもなってない。単にヒマなんだな、お前」

「この溢れる愛を表現するのはむつかしい……けど」
眉間にシワを寄せ、ムムとうなる矢広。

「えーと、具体的に……?言うとっすねー、小柄で顔とかアイドルみたいにカワイイのに、運動部いくつもかけもちしたり、男気があるっーか、言葉使いもサバサバしてて、ギャップ萌え?あと、相沢先輩の数々の伝説を、当時を知ってる先輩に聞いたんス。それで、本人に会いに行ってみたら、ひとめぼれっーか、ウチのガッコのこと考えてるひとだなーって。先輩後輩の区別なく、したわれてるじゃないすか」



よく、わからない。

「異常になついてくるヤツが一名いるけどな。矢広、お前はアタシを買いかぶり過ぎだよ」

そう、これだけ運動部に打ち込んでいたら、女でも筋肉がつかない訳はなく、スタイルはかなり悪い方だと思う。
眼光も鏡をみるたび、自分でもゲッとなるほどキツい。

それでも、体を鍛え続けるのには訳がある。

「先輩とやらに、どんな話を聞いたのか知らないけど、実は格闘系の運動部を制覇したのは、八つ当りなんだ。愛校精神なんかじゃない」


アタシの父親は、相沢 哲龍と言って、あまり有名ではないが、道場も弟子もあった格闘家だ。

二人の兄のうち上の兄は社会人で、
これも武術教室を持っていた。

母はアタシが物心つく前に、病気がもとで亡くなった。
幼い頃は、お手伝いさんが来ていたのを覚えている。

アタシが中学三年の春、父は、

『本場のストリートファイトを体験してみたい』

などと言い出して、単身アメリカへ渡ってしまった。
家族と弟子をほっぽって、である。
正直、生きて帰って来ないんじゃないかと思ってた。

矢広は、
「とにかく、相沢先輩は、本物感あるんスよね。俺は、先輩が一年の時の事は、知らないけど。なんか、思い切った事を、やるときはやりそうだなって」
腕組みして、ウンウンとうなずく。

そうそう、思い出した。
「ま、あの頃はかなりヤケになってたから」
矢広が聞いたのとは、おそらく違う。
今考えると、成り行きに流されたとはいえ、かなりの無茶で恥ずかしい気がする。


いつの間にか、家の前まで来ていた。
最初のうちは巻くのに苦心していたが、もう、住んでる所まで割れてしまっている。

「じゃっ。先輩、また明日の朝。」

「イヤ、もう来なくていい。」

一人でゆっくり、騒がしくない状境で、登校したい。

「ウフッ。照れなくてイイっすよ」

「ホント、タチ悪いなお前。」

犬が尾を振るように、手を振りながら帰って行く。
因みに、ヤツの家は真逆の方向だ。

多分、明日の朝、玄関の戸を開けたら、またそこにいるのだろう。

え?かなりホラー?

ヒョロ男の軽薄ホラー。

怖くないけどうっとうしい。