ついに、ここまできた。いい仕上がりだ。
これなら次も勝てる。
アタシはそう確信した。
打ち合う音が、去年とはまるで違う。
「いい感じだね。相沢もそう思うだろ」
そう言ったのは三年生の、黒川 秀人 先輩。
この男子部の部長も、同じ感想らしい。清々しい表情で部員達を見ている。アタシに対するかつての遺恨は、みじんも感じられない。
「まあ、もう勝ち負けなんてどうでもいいけどな。おかげさまで」
もう、仙人か何かのような心境らしい。
ここは貴塚ヶ原高校、体育館。
剣道部の活動は、体育館の使用が曜日で決まっている。
たまには広い場所で練習しなければ、試合の時、感覚が鈍くなるから。
剣道部の通常の練習場は狭く、天井も低い。
だが、いま、広すぎるくらいの体育館は、部員、一人一人の気合いに満ちていた。
「ありがとうございましたッ」
部活が終わり、整列して礼をした。
同じクラスの友人、川島 美加が駆け寄って来る。
「京子、どこか他へも寄るの?」
他の部活へも顔を出すのか、という意味だ。
「ううん、今日はここが最後」
「そう、それじゃ、そろそろ来る頃なんじゃない?」
美加が言う。
気を使ってくれるのは有難い。今ではもう、心配してくれる者はほとんどいない。
「うん。今日はまた少しやり方、変えてみようと思うんだ」
「もう、いっそのことあきらめたら?」
えっ、美加まで見放す?
「うう。何をどうあきらめろって言うのさ、ひと事だと思って。どうやったって、あんな……」
そう言いかけたとき、遠くから猛ダッシュの足音が聞こえてきた。
タッタッタッタッタッタッタッタッ……
「来た。美加、アタシは居ないって言って。もう帰ったって」
「今日は何処から出るの?職員室の裏?」
「イヤ、出ない。体育館、ここの用具室に隠れる」
「そっか、健闘を祈る」
タッタッタッタッタッタッタッタッ……タタッ……
ダアアアン‼
開け放たれた鉄扉に手をつく大きな音がして、ヤツの叫びが体育館に響き渡る。
「相沢センパあああイ!一緒に帰りましょおおオ‼」
ついに、現れた。矢広だ。矢広 竜太、
一年坊。
現在、名目上、無敵のアタシの天敵。
ここのところ、ずっと付きまとわれている。
言うなれば、校内ストーカーだ。その魔の手が、校外にも及ぼうとしていた。
「あー、矢広くん?ちょっと惜しかったねー。
京子はついさっき、帰っちゃったんだよー」
美加が矢広に話しているのが聞こえる。
矢広はしばらく黙っていた。
「ちょ、ちょっと、矢広くん‼」
美加があわてて止める声と同時に、どたどたと近付く足音がして、
「相沢先輩、みーっつけ‼」
見つかった。
「もうっ、相沢先輩ったらあ、何でこんなトコにはまり込んでンすか?あっ、あれでしょ?俺のこと焦らしてやろうとか思ってンしょ?もう、いけず‼……それとも何すか?俺に会うの、恥ずかしいンすか?もうっ、ウブで照れ屋さんなんだからあ‼」
あとの方は少し当たってる。お前には会いたくない。
うっとうしいことこの上ない。
「俺たち、ラブラブっすから、みんな、遠くから見て妬いてんスよね」
……遠巻きに笑い転げてるの間違いだろ?
仕方なく、ゆっくり立ち上がって、出ていく。
怒りとガッカリ感で、足元がふらつく気がした。
「矢広、アタシがここにいるって、どうしてわかった?」
矢広は、んー、と人差し指をアゴに当てて考えてから、
「匂いっすかねー。相沢先輩の匂いがしたッス」
オイ、今、どんだけ離れてた?お前は犬か?
あれ?ちょっと待て。
「アタシ、そんなにクサいか?!」
「いえっ、いえ、とんでもないッス!そーですね、相沢先輩の匂いは他の女子より、ちょっと甘いっーか、かぐわしい感じがしますねー」
「この、ヘンタイ。どヘンタイが。嗅ぐな!人の匂い」
「えっ、違いくらいわかるでしょ、フツー」
「お前が普通を語るな!」
振り返ると、美加が笑っていた。協力してもらったのだが、裏切られた気分。
結局、矢広は私が制服に着替えるまで、女子更衣室の前でまさに、犬のように待ち続けた。(いや、ヤクザか)
こうしてまた、不本意ながら、コイツとツレで帰ることになるのだ。
休み時間はもちろん、どこにいても何故か、アタシを見つけて寄って来る。
下校時もこうだ。
どう見ても軽薄なコイツの、
このストーキング・エネルギーがどこからくるのか謎だ。
更衣室を出ると、離れたところに立っていた矢広は満面の笑みで寄って来て、
「カバン、持ちましょうか?」
「矢広、安心しろ、走って逃げたりしないよ」
もう、今日はそんな気力無い。
これなら次も勝てる。
アタシはそう確信した。
打ち合う音が、去年とはまるで違う。
「いい感じだね。相沢もそう思うだろ」
そう言ったのは三年生の、黒川 秀人 先輩。
この男子部の部長も、同じ感想らしい。清々しい表情で部員達を見ている。アタシに対するかつての遺恨は、みじんも感じられない。
「まあ、もう勝ち負けなんてどうでもいいけどな。おかげさまで」
もう、仙人か何かのような心境らしい。
ここは貴塚ヶ原高校、体育館。
剣道部の活動は、体育館の使用が曜日で決まっている。
たまには広い場所で練習しなければ、試合の時、感覚が鈍くなるから。
剣道部の通常の練習場は狭く、天井も低い。
だが、いま、広すぎるくらいの体育館は、部員、一人一人の気合いに満ちていた。
「ありがとうございましたッ」
部活が終わり、整列して礼をした。
同じクラスの友人、川島 美加が駆け寄って来る。
「京子、どこか他へも寄るの?」
他の部活へも顔を出すのか、という意味だ。
「ううん、今日はここが最後」
「そう、それじゃ、そろそろ来る頃なんじゃない?」
美加が言う。
気を使ってくれるのは有難い。今ではもう、心配してくれる者はほとんどいない。
「うん。今日はまた少しやり方、変えてみようと思うんだ」
「もう、いっそのことあきらめたら?」
えっ、美加まで見放す?
「うう。何をどうあきらめろって言うのさ、ひと事だと思って。どうやったって、あんな……」
そう言いかけたとき、遠くから猛ダッシュの足音が聞こえてきた。
タッタッタッタッタッタッタッタッ……
「来た。美加、アタシは居ないって言って。もう帰ったって」
「今日は何処から出るの?職員室の裏?」
「イヤ、出ない。体育館、ここの用具室に隠れる」
「そっか、健闘を祈る」
タッタッタッタッタッタッタッタッ……タタッ……
ダアアアン‼
開け放たれた鉄扉に手をつく大きな音がして、ヤツの叫びが体育館に響き渡る。
「相沢センパあああイ!一緒に帰りましょおおオ‼」
ついに、現れた。矢広だ。矢広 竜太、
一年坊。
現在、名目上、無敵のアタシの天敵。
ここのところ、ずっと付きまとわれている。
言うなれば、校内ストーカーだ。その魔の手が、校外にも及ぼうとしていた。
「あー、矢広くん?ちょっと惜しかったねー。
京子はついさっき、帰っちゃったんだよー」
美加が矢広に話しているのが聞こえる。
矢広はしばらく黙っていた。
「ちょ、ちょっと、矢広くん‼」
美加があわてて止める声と同時に、どたどたと近付く足音がして、
「相沢先輩、みーっつけ‼」
見つかった。
「もうっ、相沢先輩ったらあ、何でこんなトコにはまり込んでンすか?あっ、あれでしょ?俺のこと焦らしてやろうとか思ってンしょ?もう、いけず‼……それとも何すか?俺に会うの、恥ずかしいンすか?もうっ、ウブで照れ屋さんなんだからあ‼」
あとの方は少し当たってる。お前には会いたくない。
うっとうしいことこの上ない。
「俺たち、ラブラブっすから、みんな、遠くから見て妬いてんスよね」
……遠巻きに笑い転げてるの間違いだろ?
仕方なく、ゆっくり立ち上がって、出ていく。
怒りとガッカリ感で、足元がふらつく気がした。
「矢広、アタシがここにいるって、どうしてわかった?」
矢広は、んー、と人差し指をアゴに当てて考えてから、
「匂いっすかねー。相沢先輩の匂いがしたッス」
オイ、今、どんだけ離れてた?お前は犬か?
あれ?ちょっと待て。
「アタシ、そんなにクサいか?!」
「いえっ、いえ、とんでもないッス!そーですね、相沢先輩の匂いは他の女子より、ちょっと甘いっーか、かぐわしい感じがしますねー」
「この、ヘンタイ。どヘンタイが。嗅ぐな!人の匂い」
「えっ、違いくらいわかるでしょ、フツー」
「お前が普通を語るな!」
振り返ると、美加が笑っていた。協力してもらったのだが、裏切られた気分。
結局、矢広は私が制服に着替えるまで、女子更衣室の前でまさに、犬のように待ち続けた。(いや、ヤクザか)
こうしてまた、不本意ながら、コイツとツレで帰ることになるのだ。
休み時間はもちろん、どこにいても何故か、アタシを見つけて寄って来る。
下校時もこうだ。
どう見ても軽薄なコイツの、
このストーキング・エネルギーがどこからくるのか謎だ。
更衣室を出ると、離れたところに立っていた矢広は満面の笑みで寄って来て、
「カバン、持ちましょうか?」
「矢広、安心しろ、走って逃げたりしないよ」
もう、今日はそんな気力無い。