私は誰もいない家に一人帰宅した。両親は共働きでいつも夜遅くにしか帰ってこない。
卒業式の日、私は一人受験勉強をした。
これが私には合っている。人と上手く付き合えない私の、決められた人生のように感じた。
机に向かいノートを開き、ペンを持つ。
でも、いっこうに集中出来なかった。
瀬野尾くんの顔が浮かんでは消え……
瀬野尾くんの鼻にかかった少し高い声が恋しくなり
瀬野尾くんのいたずらっ子のような笑顔が浮かび
瀬野尾くんがくれたたくさんの優しさが溢れてきて
涙がノートを濡らした…………
その時、携帯が鳴った。
携帯に連絡してくるのは両親しかいない。
何だろう、こんな時間に……
「もしもし」
『ちょっとちょっと、どーして帰っちゃったのー』
…………え
どう聞いても、この声は瀬野尾くん……
え、どうして……
「……え、瀬野尾くんなの?」
『そうだよ。ねえ、どうして帰っちゃったのー。あとで一緒に記念写真を撮ろうと思ったのにー』
「……え」
『待っててねー!ってさっき言ったのにー』
……あ
もしかして、さっき、私と目があったとき、そう言っていたの……
「ごめんなさい。気が付かなくて…………」
『よかったー、あの日、連絡先を聞いておいて!』
そうだ、あのときコスモス畑で、瀬野尾くんと連絡先を交換していたんだ……。
結局あの後は一度も携帯に連絡が入ることがなく、そして学校祭も終わったから、すっかり忘れていた……
『重要な連絡事項がありまーす』
…………え
『春休み、受験が終わったら遊ぼうね!』
……………え
『じゃ、 受験、一緒に頑張ろうね!また連絡するねー 』
そういって、電話の向こう側が騒がしくなり、慌ただしく電話はきれた。
私はしばらく何も考えられなかった。
頭の中がごちゃごちゃになって、何が起きたのか整頓しようとしたけど、胸が苦しくて、息をすることが出来なくて……
喉の奥が詰まって……
鼻の奥がツーンとして……
瀬野尾くんが恋しくて…………
瀬野尾くんは最後の最後まで優しかった…………
気が付くと、私は携帯を抱きしめて泣いていた……
私はこの日、悲しい涙、嬉しい涙、両方を経験した…………

