「戻りましたー。」

オフィス街の、オフィスビル1階にあるカフェ。
平日はテイクアウトのお客さんも多く忙しいけど、土日は長時間滞在して仕事や勉強に勤しむ人が多い。

カウンター内で在庫管理と発注処理。
スタッフは学生バイトや主婦の方も多いので、私みたいなフルタイム勤務者は事務作業も必然的に多くなる。
4月、新年度になると売り上げがちょっと上がる。
新入社員の人達が、出勤前に落ち着かなそうにコーヒーを飲んでいく姿を見られるのも今年で4回目かぁと、すっかりおばさん気分。

「ねぇねぇ実加ちゃん。奥のソファー席にいる男の人、初めてじゃない?
背が高くて雰囲気イケメンだったよー!」
カップを下げに来た映見ちゃんが小声でささやく。

常連のお客さんが多い事もあって、お客さんの顔を覚えてしまうことはよくあるし、一言二言言葉を交わすことももちろんある。
特に映見ちゃんは男性客の顔をよく覚えていて、本当にさすがだなぁと思う。
かなり、下心も含まれている気がするけど。

そんな映見ちゃんが見たことないって言うんだから、きっと初めて来店されたお客様かなーなんて思いながらも、私の目線は書類へ向けたまま。
いくらイケメンでも、たとえ好みの男性客が現れたとしても、一歩踏み出す勇気が出せない私には無意味な話なので、お客さんに対してはそういう意識はしないことにしてる。

「その、雰囲気イケメンってどういう意味?」
「そのままだよー。雰囲気だけイケメン。背が高くて筋肉質っぽくてかっこいいんだけど、
ちょっと不愛想っていうか、怖そうな感じ。」

背が高い。
筋肉質。
不愛想。
怖そう。

この一週間、私の心に引っかかっているワードばかりで、思わず顔をあげて、店内奥をのぞき込んでしまった。