ダメだ。

彼の笑顔を見てはいけない。
過去の亡霊に囚われてはいけない。
私の胸にずきりとした痛みが走る。

私は彼を、小林主任のことを好きだった私はもういない、大丈夫だと自分に言い聞かせる。
大丈夫、もう過去の話。
そう、あれは過去の話。


廊下から靴音がして誰かが出社してきた気配がした。
二人きりで話し込んでたと思われたくない。慌てて背を向け自分のデスクに向かって歩き出した。

「おはよーございまーす。お二人とも早いっすね。あ、もしかして主任は泊まりですか?」

朝から陽気で明るい声がオフィスに響いた。

「おはようございます」不自然にならないように挨拶を返す。

「おはよう、泊まりじゃなくて夜中に出勤。今野も早いな、お疲れさん」
主任は手元のパソコンを指差した。

「えー、何の案件で?もしかして南米のアレですか?全く、現地支社は何やってるんですか」
「ああ、支社すっ飛ばして直接こっちに連絡が来てな。参ったよ」

出勤してきた後輩の今野君は私たちのことを特に気にすることなく主任と話し始めた。
何も疑われなかったことに安堵して、私もパソコンを立ち上げすぐに仕事を始めた。
仕事に集中してしまえば主任のことを考えなくて済む。

心にフタをしてしまおう。