「ありがとう、佐本さん。恩に着るよ」

「いいえ」と返事をすると
「そう言えば」とタヌキが思い出したように右手の丸っこい人差し指をピンっと立てた。

「今日はうちの早希ちゃんが有給休暇を取っててよかったね。あのおバカちゃんが今度は佐本さんを狙ってるなんてことが彼女の耳に入ったら、早希ちゃん爆発しちゃってボク今日はランチどころか玄米コーヒーを飲む暇もなくなっていたと思うんだよね」

どう返事をしてよいものか、とりあえずはぁと頷くと、タヌキはくすくすと笑いだした。

「彼女、自分のことには無頓着で無意識に副社長を振り回しているけど、君のことになると子どもを見守る母犬みたいに警戒して周りを威嚇するから。当然って顔をして僕に”あそことの取引は全て停止にするように即座に根まわししに動け!”くらいのことは言いそうなんだよね」

タヌキはぶるぶるて震える仕草をした。

「でもそんな事するなら潰しちゃった方が早いんだけど」

ひっ。今、物騒な言葉を聞いたような。

「でも今回は今朝高橋君に連絡をしておいたからすぐにかたが付くよ。心配しないで」

え、そういう事?
それで急に東京に用事ができたというわけか。

「ありがとうございます。でも、私の為に会社の方はよかったんですか?高橋はプロジェクトの方が忙しいんですよね」

「いいの、いいの。大事な人のピンチに動かなくてどうするの。そんな部下には育てた覚えないから」

へらりとタヌキが笑い
「潰すなら僕じゃなくて彼の方が適任だし」
今度は気のせいじゃない本物の物騒な言葉を吐いた。

「・・・・」

「まあ根こそぎ叩き潰さなくても、忙しくて色恋どころじゃなくするとか頭をすげ替えちゃうっていう手もあるし。高橋君はどんな手で行くのかなぁ」

やり方は彼に任せたということか。
やっぱり底が知れない、このタヌキ。