1ヶ月後、久しぶりに会った早希は髪が短くなり少し痩せていたけれど顔色も肌艶もよかった。
早希は帰ってきた。

帰ってきたけれど、あのアパートに戻ったわけじゃない。

住まいは副社長の暮らす高級マンション。
仕事もアクロスコーポレーションは退社していたのだけど、あのタヌキが先を手放すわけがなかった。タヌキの手配でTHコーポレーションに就職していた早希は出向という形でアクロス本社に戻ってきたのだ。
しかも、早希の配属先は秘書課で担当は常務秘書。

その常務とはーー
2週間前に着任したタヌキこと神田さん。
神田部長は神田常務になっていたのだ。
タヌキの策略は二重にも三重にも実に巧妙な手口でがっちりと早希を囲い込んでいた。


それにしても早希はずいぶん綺麗になっていた。
「愛されてる自信かな」からかうように肩をつんっとつつくと「そうかもね」と早希は恥ずかしそうに頬を赤らめて笑顔を見せた。

創作和食料理のお店の個室で向き合って生ビールで乾杯。

「で、結婚式はいつなのよ?」

ズバリと聞くと
「・・・結婚式ね。どうなのかな。康史さんに任せてて、実はよくわかってないの。大企業の副社長だから勝手にできないのかもしれないし」
早希は首を傾げた。

あら、まぁ。

「再会した日に婚姻届を持って実家に挨拶に行く男に抜かりはないはずだから任せておけばいいと思うけど。一回逃げられてるんだからさすがに早希の嫌がることはもうしないでしょ?もしそんなことしようものなら私が許さないけど」

ふふっと笑うと早希も笑った。

「康史さんと結婚するなんて夢みたい」

早希は夢見る乙女の顔だ。
まあ気持ちはわからんでもない。
いろいろあったし、
いろいろあったし、
いろいろあったし。

「ホントだよ。いきなり失踪して。あー、ホントに心配したっ!」

「ごめんなさい。ホントに由衣子には謝っても謝り足りない」

テーブルを挟んだ向こう側でおでこがテーブルにぶつかりそうになる位頭を下げる早希。