「だったら林さんと働いたことのある小林主任が適任なんじゃないかなぁ。林さんって小林主任が新人だった頃同じ部署に居た先輩だったって聞いてるし」

林さんの右腕としてのポジションであれば実績的にも小林主任が適任だと思う。それがイタリア支社のナンバー2の立場であったとしてもだ。
小林主任なら管理職としても営業職としても有能で潰しが利く。明らかに私よりも小林主任の方が必要とされる人材だろう。

「…もしイタリア転勤の辞令が出たら?」

高橋が少しだけ低い声になったことに気が付いてワインから目線を外して高橋を見た。
さっきまで穏やかな表情だったはず。今、目の前にいる高橋は声だけじゃなくて表情も固い。

「どうしたの?」

「いいから、答えろよ」

なんでいきなり機嫌が悪くなったのかわからないけど、ここは真剣に返事をした方がいいみたい。

「行きたい気持ちと行きたくない気持ちが半々。でも、辞令が出たら行くしかないって思ってる。私、会社員だしね」

高橋の顔をじっと見るけど、彼はなにも言わない。
だから、話を続けた。

「海外事業部にいて、総合職で、子持ちでもない、そもそもダンナもいないってのに断ったらこの先社内で居場所がなくなっちゃう。この先一人でやっていかなくちゃいけないんだからお給料は大事」

そうでしょ?というと高橋も頷く。
「まあ、そうだな」

「でしょ?だから、私に断るって選択肢が用意されてないの」

「転職は考えられない?」

「転職ねぇ。今の会社辞めたとして他の会社で私のこと引き受けてくれるとこってあるかな。私は天涯孤独の身の上だから老後の生活費も稼がないといけないし。そう思うと、ここはいい会社だよね。安定したお給料がもらえるもの」

「由衣子の実績ならどこでも欲しがるよ。そんなの決まってる。エディージオのアンドレテ社にもずいぶん前から誘われてるんだろ?」

「まあね、それは否定しないわ。でも断ったし。それにどこでも欲しがるなんてことはないよ。そんなに甘くないのはわかってる。でも、どうしたの?なんでそんな話?」

「いや、何となく」

何だ、何となくって。
高橋も酔ってるみたい。