「萌音」


私も…とカウンターチェアを滑り降りた時だ。
紫苑が名前を呼ぶのが聞こえ、(えっ…)と声を出さずに目を向ける。


「同じ方向だろ。帰るぞ」


「お供しろ」みたいに誘う紫苑を見つめ、唖然としながら瞬きを繰り返した。

彼の背後では女性社員達がポカンとした顔でこっちを見ていて、私は冷や汗を感じると共に、「何言ってんの!?」と声を上げそうになった。


「早くしろ」


他の者もさっさと出ろと繰り返す。
私は歩き出すのも気が引けて、(急に一体どうしたの!?)と固まった。


「聞こえてるのか?萌音」


近付いてくると、ぎゅっと手首を握る。
そのまま更に顔を近付け、ニヤリと笑って続けた。


「勤めるオフィスも同じだし帰る方向も同じだから、俺達ついでに付き合っちゃうか?」


(はぁぁ!?)


爆弾発言に言葉を失い、呆然とその場に立ち尽くす。

社員達には紫苑が何て言ったかは聞こえてないみたいだけど、私が口を開けたままボンヤリと突っ立ってるのが気になるみたいで、特に女子達はチラチラとこっちを見つめながら店の出入り口へと向かいだす。