高校二年。六月。

夏の始まりを告げるように蝉が鳴きだした。

教室の窓からぼんやりと空を見上げる。



横井 潤 

男みたいな名前だとよく言われる。
父がつけた名前だ。どうせならもう少し女の子らしくしてほしかった。

「潤?珍しくぼうっとしちゃって。ほら、行こう!主将なんだからしっかりしなきゃ~」

クラスメイトでもあり、部活の仲間でもある
村田涼子。元気とその美貌が取り柄の女の子。

「そうだね、今行くよ。」

6時限目が終わり、チャイムとともに生徒たちはざわざわと教室を出て行く。部活に向かうもの、帰路に着くもの、様々だ。
私は弓道部の主将である。そんな柄でもないのに、昨年一年生ながらにインターハイなんてものに出場してしまったからだろうか。先月、前主将から、引き継がれたのだ。
部室に向かうと後輩たちが準備をしていた。
「こんにちは!」
私は会釈だけを軽く返す。

「ほら~、そうやって冷めてるから怖いって言われるの!もっと愛想よくだよ~」

「わかってるけど…。愛想なんてどうやって作るんだし。」

ぶつぶつ言いながら急いで袴に着替えた。

学校のみんなからは私は怖がられている。
表情筋がほとんどないんじゃないかとか、いつも怒ったような顔だとか、冷たい、愛想がない、などなど…
いつもは聞き流しているが、実は気にしていたりする。
好きでこの顔じゃないんだ って。
笑えるような出来事は起こらないし、楽しいこともそんなにない。
いつも隣で涼子が自分自身の話にケラケラ笑っているだけだ。
怒ってもいないし、不機嫌でも何でもない。
これが私なんだ。


道場に上がり、一通りの準備を済ませたあと私は自分の弓を握った。中学から続けている弓道。ひとつのことに集中し、心を落ち着かせる。的に弓が的中したあの瞬間が、気持ちいいんだ。
矢を射る。すっと心が静かになっていく。何もかも考えなくていい。ただ目の前のことだけ考えればいい。


唯一、私が私であれる時間だ。



なぜか主将になってしまったこと

笑えないこと

狂ってしまった家族

押し殺した自分


全部、無にできる。