「・・・い、おい!起きろ、愚図!」
 
父親、いや、もはや親でもない男の声で
目が覚める。

「今日も仕事を忘れんじゃねぇぞ!
 お前が仕事をやらないと俺が怒られるんだ」

分かったな、といって部屋を出ていく男。

あの男の娘だというだけで、虫酸が走る。

ああ、今日もまた、つまらない一日が始まる。


私、鏑木梨生奈(かぶらぎりおな)がいるここは
鬼ノ宮グループの使用人の寮。

ここにあの男と住んでいる。

私の母親は、私を生んですぐに亡くなった。

あの男はそれをいいことに愛人だった女と結婚した。

『・・・最低・・・』

鬼ノ宮グループの制服に袖を通しつつ、ぽつりとつぶやく。

着替えを済ませ、部屋から持ち場へ向かう。

私の持ち場は、とても広い庭だ。

ほんとはあの男とやる持ち場だが、あいつは用事があるらしい。

どうせ、結婚した女のところにでも行くのだろう。

私には関係のない事だ。

そう思って、さっそく仕事に取り掛かる。

早くしないと、また私が殴られる。

もちろん殴るのはあの男だ。

なぜ私が殴られるのか、、、

あの男への静かな怒りを胸に抱えながら、草を刈る。

淡々と、仕事をこなしていくと、目の前に靴が見えた。

『(誰、、?)』

ふっと上を向くと、冷たい双眸が私を見下ろしている。

『、、、玲雄、、さま、、、』

鬼ノ宮グループ御曹司、鬼ノ宮玲雄様だった。

「お前、名前はなんて言うんだ」

彼は、そう一言私に声をかけた。





思えば、この時出会わなければ苦しい想いを知らずに済んだのだろう。

声を掛けられなければ、つらい気持ちになることもなかった。

だけど、出会えたことで私は “恋” を知ることができた。

声を掛けられたから、あなたに少し近づくことができた。

今更考えても、その行動に正解などない。

それでも考えてしまう私は、やっぱり馬鹿なのだろうか。