もう二度と新藤さんに逢えないのなら、お別れの挨拶をしてもバチは当たらない。


重い扉を開けて、階段を駆け下りる。



「新藤さん!」


大粒の雨の中、できる限り大きな声で新藤さんを呼んだ。振り返ってくれないのであれば何度もしつこいくらい呼び続けようと、駆け出す。



「新藤さん!」


少し大きめの黒いバッグを掴む。



さすがの新藤さんも無視できなかったのか、立ち止まってくれた。


「風邪引くよ」


差していた傘を私の方に傾けてくれた。



「新藤さん、ごめんなさい。あなたを傷付けて」


「…出逢った夜も、あのナイフ持ってたよね」


「気付いてたのですか…」


こっそりコートに忍ばせた護身用のナイフ。



「あの頃は兄を探しに夜中に出歩き、安全のために持っていました。それをあなたに向けるなんて、どうかしていました」


「もう大丈夫だよ」


完璧な笑顔だ。
女性がうっとりするような模範的な笑顔。

傘を無理矢理に私の手に握らせて、新藤さんは一歩後退した。


「元気でね」


「…犯人が私を狙っているかもしれないと聞いた時、少し怖いと思いました。それでもあなたと出逢ったその翌日から、ナイフは持ち歩いてません。あなたが守ってくれると、そう思うと安心して…どんなに強い武器よりも、あなたを信じていました」


笑みを消した新藤さんを見つめる。


ふぅと息を整えてから、伝える。


「理由はどうであれ、やはり新藤さんは市民を守る頼もしい刑事ですね」